我輩の辞書に「自信」はない。

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ご機嫌麗しゅう。
オモシロ美人研究家Chacoである。

本日は、皆の熱いリクエストにお答えして
「自信」について自論を展開してみようかと思う。

自信。それは自分を信じるということ。

自信。それは自分の価値を信じるということ。

自信。それは君が見た光。僕が見た希望。

自信〜それは〜ふれあいの心〜幸せの青い雲〜。

せいうん〜。


…おっと!失敬。

自信について述べようとしたところ、家庭用のお線香「青雲」の
「青雲のうた」を歌ってしまった。やはりとても名曲だ。

みなもご存知の「青雲」だが、実は多くの種類があるようだ。

青雲…現在はあまり店頭では売られていない。
青雲バイオレット…現在の主力製品の一つ。
青雲クリーン…燃焼時に出る灰が少ない。(Wikipedia参照)

「青雲」は現在あまり売られていなく、「青雲バイオレット」が主力製品とのことだ。
そんな「青雲バイオレット」と桑名正博の「セクシャルバイオレット」との関連性については
今後の研究課題である。

その他にも、青雲アモーレ、青雲ゴールド、青雲 黒、沈香青雲、青雲 赤、青雲 紫
とあるようだ。

…青雲アモーレ!?

アモーレとはわたしの記憶が確かならば、イタリア語で、「愛」という意味だ。

いきなりどうした。日本香堂!


日本語の「愛」や英語の「Love」なんかではおおよそ表しきれないほどの

情熱的で、ラテン的な「愛」を込めて製造されているものなのだろうか。

何だか、「アモーレ」というと、特別な夜に、ムードたっぷりな空間を演出する
ためのキャンドルを想像してしまう。

昨今のキャンドルブームにおされ、家庭用線香だけでは少し苦戦しているがための

苦肉の策だったのだろうか…。青雲アモーレ。

でも確かに、夜のひとときに想いを馳せると、時に君が見た「光」であり、僕が見た「希望」でもあり
そうだ!まさに「ふれあい」の心ではないか!

あながち「青雲」に「アモーレ」の組み合わせも間違ってはいないようだ。

「青雲アモーレ」の詳細については、わたしのかわいいアモーレ諸君たちに各々で調べて
もらうとして、今日の本題。自分自身へのアモーレを表す「自信」について
掘り下げていこう。

ーーー

わたしは、自信のない人間としてこの30余年生きてきた。
そして、今現在も「自信」があるかどうかは怪しい。

よく昔から、「もっと自信を持ったら良いのに」とか
「どうしてそんなに自信がないの?」などと言われてきた。

恐らく、発言者たちは
「あなたはもっと自信を持つに値する
人間であると気づきなさい」
という「自信をつけさせるための
激励の言葉」として言ってくれていたのだと思うのだが、

「あぁわたしはそんなに自信なさげに見らてれているんだ…」

と、その自信なさげな「見え方」をしてしまう自分に対して改めて

落ち込み、さらに自信を無くしていくという負のスパイラルに陥るのであった。


また、客室乗務員で働いている時にもわたしの接客態度を見て

「本当、腰低いよね〜」
と、同僚たちによく言われていた。

これも、「お客様に対してとても丁寧な接客をしているね。」
というポジティブな意味で受け取れば良いものの、なぜか、
ひねくれて受け取ってしまい、悶々としたものだった。

何故なら、もし丁寧ということだけを伝えたかったら、
「本当、いつも丁寧だよね〜」という言葉をシンプルに選ぶはずだと思ったからだ。

「腰が低い」という表現は、必要以上にへーこらして、ご機嫌取りを
しているような、「腰」だけに権力者に取り入る「腰ぎんちゃく」を連想させるのだ。

「旦那!お待ちどおさまでございやした!お熱いコーヒーを持ってきやした!
砂糖とミルクはいかがなさいやすか?へへ〜〜あっしごときが淹れたコーヒーを飲んでくださり
感謝の言葉もないでがんす!へへ〜〜〜(地面にひれ伏す)。」

このような感じで、何とも余裕がなく、相手に気に入られよう、もしくは
嫌われないように、必死に媚びている「太鼓持ち」のような接客をしているように
見えるのか、とがっくししてしまっていたわけである。

それ以降、ポジティブにもネガティブにも受け取れる「腰が低い」は、
自信の無さを表す言葉の象徴としてわたしの中に君臨し、その言葉を聞くたびに
必要以上に敏感に反応してしまい、小馬鹿にされているような気分を味わうこととなる。

自分としては普通に接客しているつもりなのだが、必要以上にへりくだってしまう。
そんな自分に落ち込みながらも、「一理あるかも」と、認めざるを得ない気分だった。
確かに、一度の礼で良いところを、3回ぐらいペコペコやってしまう時がある。

いつも肝が座っていて、動揺することなく、誰に対しても臆することなく自分の意見を述べ
きちんと「自分」が確立されているひと。
そんなひとを目の前にすると、余計に自分自身の自信のなさが浮き彫りになり
いつも以上に挙動不審者になってしまっていた。

そして、そういうひとを見ると、どこかにアラがないものかと、アラ探しに走る
自分がいた。

ともかく、自信のあるひとが羨ましかったし、
いつも堂々としていて、みんなから一目置かれるひとに嫉妬していた。

そういうひとになろうと思うのだけれど、自分の外側と内側の違和感が大きすぎて

やはり結局は、必要以上に愛想よく、媚びへつらってしまう。

それから、ずっと、「自信」をつけるためにはどうすれば良いのかを
考えてきたわけである。
堂々と、芯のある女性になるためには、どうしたら良いか、と。

そして、最近、一筋の光が見えてきた。

「自信を持つ」とは、自信なさげな行動や態度を取ってしまう
そんな自分にも「OK」を出すこと。

そう思えてきたのである。

わたしは自信を持つために、自信に満ち溢れた人の態度や行動を
真似てみたり、近づこうと頑張った。

そんな中、動揺したり、へーこらしてしまう自分に喝を入れてきたわけだが

そうではないのだ。

自分にとって、有益な性質ではなく、自分にとって、
不利益と思われる性質にこそ
OK」を出すのだ。

わたしの場合、そのひとつが「自信のなさそうな態度」であるが
そういう態度を取るたびに、
「あぁそうだ。わたしこういう風になっちゃうんだよね。」
と確認し、なんだ、オロオロして可愛いじゃん。と自分に言ってみるのだ。

このように、人様には決してお聞かせできないような自画自賛の嵐を
心の中で巻き起こすのである。

そして、それを繰り返していくと、面白い。

自分が自信に満ち溢れた態度や行動をとれるようになる…

というよりは、
他人に自分が自信があるように見えるかどうかが
気にならなくなってくるのだ。

いや、そんなことどうでもよくなってくる、という方が正しい。

なので、今のわたしが、自信のあるひとが取ると言われているような
スマートな態度や行動が取れているかというとわからない。

でも、別にいいか、とは思えるようになってきた。

というわけで、わたしがたどり着いた「自信」についての一考察は

自信をつけるためには「自信」を「無くす」。

逆説的ではあるが、これだ、と気がついたのだ。

「自信」をつけるために根拠はいらないし、「自信のあるひとはこういう態度をとるはずだ」
という固定観念もいらない。

「自信」というのは、あってないようなもの。「自分に自信があるか?」と問いかけるから
そこに初めて「不足」を感じてしまうのだ。

だから、もし、「自信」について考えるとき、「自分には自信がない」と感じてしまうときは
そんな足かせとなる「自信」という概念のことなんて忘れてしまおう。無くしてしまおう。

「自信」を定義づけ、その「自信」をつけるために行動することこそ、悲しいかな、

「自分に自信があるのか」をいちいち疑う行動に繋がるのである。

自信に満ち溢れたひと、というのは、そもそもそういった「自信があるように見える」
という性質を持ち合わせているだけなのかもしれないし、「自信があるかなんてどうでもいいや」
と思えたひとが行き着いた先が、もしかしたら世間でいう「自信に満ち溢れたひと」
と、見えるのかもしれない。

でも、どちらでも良いじゃないか。

ただ、目の前に現れた「やりたいこと」をやってみる。
ただ、目の前に現れた「好きなひとやもの」を好きと言ってみる。

その過程がオドオドしていたって、自分にそんな資格があるのか
という疑いに苛まれながらでも良いのだ。

自分に自信があるかどうかなんて気にならなくなることが
自分に「疑い」を挟む余地がなくなることに繋がり、結果、それが自信というものに
なっていく。

だから、今日から、自分に自信がないというのはやめにしよう。
同時に、「これをやる自信がまだない」と逃げるのもやめだ。

自信をつけたいのであれば、あなたの辞書から「自信」という言葉を
一刻も早く消してしまえ。

あなたが自信という概念をすっかり忘れた頃に
ひっそりと「自信」という言葉が、あなたの辞書に返り咲いているはずである。

わたしは…というと、まだ、うっすら「自信」の項目は目をこらすと
読める程度に残ってしまっているから、まだまだ完璧に「自信を無くす」には
道半ばといったところである。

だから、わたしと同様、「自信がない」ということで悩んでいる諸君も
わたしと一緒に、オドオドと滑稽ながらも、様々なことに挑戦してゆこうではないか。

そして、ナポレオンのごとく
「我輩の辞書には自信はない」
と、カッコ良いようなカッコ悪いような名言を、共に放っていこうではないか。

そして、ルー大柴のごとく
「マイディクショナリーに、コンフィデンスはないけれど、ミーのことはアモーレしてるぜ!」
と、ルー語を放っていこうではないか。

…せいうん〜〜〜(困った時の青雲頼み。)

◉オモシロ美人の今日のコトバ◉
自信をつけたいなら、まずはあなたの辞書から「自信」を無くすべし。

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[ 我輩の辞書に「自信」はない。 ]オモシロ美人哲学。2016/03/28 01:56