オモシロ美人レポ :「服作りに見る世界観の創り方」に行って。

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こんばんは。
Chacoです。

昨日、Dr.Frankenのプロデューサーであられる外所一石さんと、フリーパブリッシャーであり多くの方々のプロデュースをされている長倉顕太さんのトークイベント「服づくりに見る世界観の創り方〜言語化が下手な人、上手い人の違いをさぐる〜」に行ってきた。

6月にも開催されたお二人のトークショーで目の当たりにした、外所さんのコンセプト創りに対する様々な金言が強く胸に残っており、この度も、募集が開始された直後に意気揚々と申し込みをし、とても楽しみにしていた。

そして、テーマが「服づくりに見る世界観の創り方」である。

通常のイベントとは違い、聴講者であるわたしですらも、少しはいつもより洒落っ気のある格好で臨むのがふさわしいと、プレッシャーを感じたのは言うまでもないだろう。

というわけで以前、イメージコンサルタントを目指す仲の良い友人が一緒に選んでくれた、わたしの骨格タイプに合うとする洋服を着て行くことにした。

なんでも、わたしの骨格タイプは3種類あるうちの「ウェーブ」というタイプのようで、よりによって今まで避けてきた、女性らしく、丈の短い、柔らかい素材のもの等が合うようなのだ。

ゆるいカジュアルな服を好んで生きてきたわたし。

ボーダーを着る女はモテないと言われても、

「そんな基準(ボーダーライン)なんてくそくらえ!」

と言わんばかりに、どんどん、色違いや、幅の違うボーダーをタンスやクローゼットに増やしてきた。

それでも、わたしが信頼している友の勧めだったので、その時に購入した丈の短いライダースジャケットと、丈の短い黒のワンピース、そして、デニールまで一緒に考えてくれたタイツを履いて、会場に赴くことにした。

そして、彼女には、髪型まで事前に指定してもらっていた。

「ウェーブ体型のひとは肩のあたりでふんわりさせた髪型が似合うから、巻き髪できてね!」

屈託無い笑顔でセンスの良い友人に言われたのだから、わたしはぐぅの音も出なかった。

しかしながら、超がつくほどに手先が「不器用」なわたしは、ボーダーを求める一方で、ローラー(コテ)も避けてきたのは説明するまでもなかろう。(ちょっと苦しい?)

そんなわたしも、とうとう、ボーダーを捨てて、ローラーを手に取る時が来たようだ。

・・・失敗。

Youtubeを観ながら、巻き髪に挑戦してみるも、「巻く」というより「角」となり、なぜかカクカクしてしまうのだ。

半ベソかきながらも、角ばった髪の毛を濡らして、乾かして、また角ばらせて・・・を繰り返していたら、もう嫌になってしまい、諦めて、そのままのストレートの髪で行くことにした。

最近髪の毛の色を暗くしたので、黒髪、ストレート、黒いワンピースに、黒いライダースジャケット。

カジュアルなボーダーラインにぐるりと身を包まれていた今までのわたしからは、まるで考えられないいでたちとなった。

コンセプトとしては、「中森明菜」ってとこかしら。

と、テーマがテーマなだけに、コンセプトを尋ねられた際の練習を心のうちでこっそり行いながら、銀座線に揺られ、外苑前を目指した。
                    

それにしても、やはりこのワンピースの丈は短すぎやしないだろうか。

外苑前で落ち合った、件のセンスの良い友人に、少し不安な胸の内を明かすと、

「え!!ぜんっぜんなんだけど!!!」

と、わたしが短いのではといぶかるこの丈は、まったくもって短くないと、彼女が逆に驚いた様子で豪語した。

パンツが見えるのではなかろうかと引き続き心配するわたしに

「そんなワカメちゃんじゃあるまいし笑!!」

と彼女は一笑に付して、わたしの丈についての問答は終了した。

もうこの際、堂々とパンツを見せて、「ほうら、ワカメちゃんだよ」とおどけて笑いに走ったほうがよほどわたしらしいのではないかと思いながらも、覚悟を決め、中森明菜風ワカメちゃんスタイルをカッコよく貫くほかない、と心に決め、会場を目指した。

とりあえず、会場で会った人に、「ワカメちゃんだ!」と大っぴらに指を指されることもなく、安堵していたのもつかの間、トークショーが始まった。※短けえよ!と、気分を害していたひとがいたらごめんなさい。

お二人の後ろには、来年の春夏モデルがずらりと飾られており、そのひとつひとつの商品のコンセプトを、外所さんが説明してくださった。

例えばこちらの、長倉さんモデルのTシャツ。

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・WillS Pine Apple
「未来の常識」は、「現在の非常識」から生まれる。
未来を創る、非常識な「ウィルス」を爆発蔓延させるのだ。

Esc(逃げる), End(終わる、辞める),
Ctrl+Alt+Del(強制終了)など現代におけるやりずらいことを
破壊していく覚悟を酸味が強く、エッジの高いパイナップルで表現しました。

Pine=松ぼっくり Apple=りんご

というコンセプトのもとに作られたとのこと。

・・・震えた。

まさに「奴隷解放」をうたう長倉さんを表しているし、パイナップルの側の部分を、キーボードで表し、その部分にも「編集者としてキーボードを打つ」長倉さんの要素が表現されているのだ。

まずもって、「格好良い」し、ひとつひとつの要素に丁寧にしっかりと言語化できる思いが込められているし、その要素の組み合わせ、バランスも、凡人では到底つかむことのできない、圧倒的な才能をお持ちでいらっしゃることに、言葉も出なかった。

それでいて、外所さんは、柔らかく、優しく、少年のように無邪気でありながら、淡々とご自身の思いを言葉にしてわかりやすく説明してくださる方で。

説明を聞いた後に感じる、外所さんが生み出される作品の誇り高き孤高の雰囲気と、外所さんの雰囲気の柔らかさのギャップがまた魅力的であると感じた。

 

また、普段、半分酔っぱらいながら、「会社を辞めたほうが良い」等のアドバイスを始めとする少々乱暴な言葉でもってひとびとの人生を良い意味で大きく狂わせていらっしゃるロックでカッコイイ長倉さんが、洋服の説明の際に、外所さんに洋服を着せられ、なされるがままに、おとなしくジッパーを締めてもらったりしている姿を見られたのも、個人的には萌えポイントであった笑。

       着せ替え人形と化す長倉さん。

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それにしても、「ファッション」とは、見た目で、「かっこいい」や「素敵」と思えることが何より重要で、そのものに込められた思いやコンセプトを考えることなんてほとんどなく、「見た目」や「着心地」のみで、わたしは今まで洋服を選んできたことを思い知らされた。

もちろん、そのポイントも重要だし、ファッションを楽しむ醍醐味は、「見た目」であり、鏡に映る自分を楽しむことであると思う。

それでも、最初に見たときは、正直、「やけにファンキーなパイナップルだなぁ」という感想だった長倉さんモデルのTシャツが、外所さんのコンセプトの説明を聞いて、「かっこいい!!」と感じ、「欲しい」と思った、この変化は一体なんなのだろうと考える。

 

「見た目」がかっこいいと思うファッションは、少なからず、「ひとの目」が介在している。

ひととは、他人であり、自分でもある。

視覚で他人に「魅せる」こと、自分も視覚で「楽しむ」ことを目的としている。

当たり前である。

しかしながら、その服に込められた「コンセプト」を聞き、心が動き、「着たい」と思って着るファッションの場合、そこには、「自己の満足」しかない。

「他人」が介在しないのだ。

なぜなら、説明しない限り、その一見シンプルだったり、変わっている洋服の真の魅力を知り得ることはないのだから。

誰かがうんうんと試行錯誤しながら思いを巡らせて、それがコンセプトとなって形創られ、そのコンセプトに感銘を受けた、個人のみの満足。

 

その誰かの「こだわり」に腕を通すことへの悦び。誇り。

 

そのこだわりは、デザインだったり、機能性だったり、様々。

 

まず、この「他者と自分の目」で楽しむという以外に、ファッションを楽しむことができるのだ、という新たな発想がわたしにはとても新鮮に感じられた。

 

そして、洋服だけではなくて、人生においても、この誰かの「こだわり」や自分の「こだわり」を大切にして生きることの潔さや格好よさも、同時に痛感したのだった。

 

例えば、ひとにどう思われようがかまわない、もしくは、ひとに気づかれることすらもしかしたらないほどに、ささやかな「こだわり」を貫くことって、究極の「自己満足」であり、自己を、そのように「他者」を介在させることなく満たすことができるひとほど、日々心穏やかに、自分なりの幸せを見つけて、常に「自分」でいられる、もしくは容易に「自分」に還ることができるのだろうと思った。

 

でも、そのせっかくの「こだわり」を、言語を司ることのできる生物であるわたしたちは、言語化することによって、自分だけではなく、他人にもその「こだわり」を伝えることができ、そこにまたひとつの「感動」や「共感」を生み出すことができる。

 

自分の「こだわり」をひとに伝えることもできるし、ひとの「こだわり」を聞くこともできる。

 

「自己満足」って、あまり良い意味で受け取られない表現であるという共通認識があると思うけれど、「こだわること」は、「自己を満足させるために行う作業」であり、自らの「美学」や「価値観」を徹底的にを貫こうというそのストイックさに、ひとは心動かされるのではないだろうか。

 

加えて、自己を満足させられないものは、他人をも大きく満足させられないのではないかとも思うのだ。

 

圧倒的な褒め言葉の意味で、外所さんの創られる洋服のコンセプトは、外所さんの「自己の満足の追求」によって生まれたものだと思うし、誰かがその言語化された「こだわり」を聞き、その「こだわり」を身にまとう時に、今度は改めて、その人の悦びである「自己満足」がそこに生まれる。

 

そして、その言語化された「こだわり」がまた別のひとにも広がり、別のひとが「自己満足の追求」によって作られたこだわりの逸品を着ることで、またそのひとの「自己満足」が生まれる。

 

そこには他者の目が存在しない。

 

自己の満足の追求によって創られた「こだわり」が、言語化されていくことにより、どんどん広がり、次々と別の「自己満足」を作り出していく。

 

「こだわる」ってなんて素敵なこととだろう。

「こだわり」を適切な言葉で言語化できるってなんて素敵なことだろう。

 

外所さんの服を始めとする様々な商品作りへのこだわりと、端的ながらも心に残るこだわりの「言語化」に、とにかく感動しっぱなしだった。

 

・・・そんなわたしは、わたしの感じた感動を、まったくうまく言語化できていなことに、大変落ちこみながら、今キーボードを叩いている。

 

まずは、「自己満足」のために「こだわり」を持ち、貫く。そして、それをただの「自己満足」に終わらせずに、他人にも伝わる言葉でシンプルに「言語化」する。

 

無形の「情報」というものを発信する立場として、このことを常に心に留め、自分の「ジコマン」を適切な言葉で言語化して、多くのひとにその「ジコマン」を味わっていただきたい、と強く心に刻み込んだ。

 

それでもやはりスカートの丈の短さが気にかかっていたわたしは、まずもって、その部分を自分に満足させる必要があると感じた。

・・・オチですら、自己不満足のまま、長くなってしまったのでこのあたりで筆を置こうと思う。

中森明菜風ワカメちゃんスタイルのおいら。↓ 今にもBurning Up しそうなオレンジのライト(年齢ばれる)

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