YES 心配 , No 現実

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ご機嫌麗しゅう。
オモシロ美人研究家Chacoである。

わたしは、最近、とある重大な発見をしてしまった。

これは、国家の最重要機密事項と認定され、人目に触れさせること無く、国のトップや有識者によって、その真偽のさらなる調査、議論が繰り広げられることが予想されるほどの大発見である。

おそらく、CIAやFBIなんかもその重大な機密情報をなんとか手中に収めようと、スパイを送り込むなどの画策をすることだろう。

そのほかにも、FRB(連邦準備制度)によって、あんなことやこんなことが周到に準備されたり、うちの母が「ねぇアトムはどこ?アトム?」というから、すっかり鉄腕アトムのことかと思いきや、ATM(キャッシュディスペンサー)のことを指していたというまさかの誤認識に驚愕したり、「TKG」と皆がさわぐので、またAKBおよび秋元康関連かと思いきや、あの「卵かけ御飯」にもとうとう略称がつけられたことを知り、今日における卵with御飯の影響力の増大ぶりに恐れおののいたりすることだろう。

この世はあまたの「アルファベットの3文字略称」に翻弄され、牛耳られていること思い知らされることとなる。

そのうちわたしも、OBK(オモシロ美人研究家)などと呼ばれ、崇め奉られる日もそう遠くないかもしれない。
…違う!「OBK=オバカ」ではない!失敬極まりないぞ!

そんな「CIA」や「TKG」などの名だたるアルファベット三文字たちに嗅ぎ付けられる前に、今日は諸君にこっそりと、「OBK35」こと、オモシロ美人研究家(35歳)であるわたしの世紀の大発見をお教えしようと思う。

それは、

「心配事は、現実にならない」

ということである。

要するに、

「SPG(心配事)は、GJ(現実)にならない」

ということだ。

Yes, 心配,  No, 現実 

である!!

わたしが発見したと言いつつも、諸君も思い当たるふしはないだろうか。

「どうしようどうしよう」と心配していることに限って案外大丈夫で、結局は取り越し苦労に終わったという経験。

(まぁ、そうなると、その裏返しとして、思いもよらないことが事件となったり、まさかという出来事が起こるということを意味するのではあるが。。。)

例えば、以前航空会社の客室乗務員だった時、乗客に頼まれたものを持っていくのを忘れてしまったり、要望に応えることができずに怒らせてしまった時に、いつも「会社宛にクレームが来るのではないか…」とフライト後も落ち着かない日々を過ごしていたものだ。

あの頃のわたしは極度の心配性で、常に何かしら不安を抱えて生きていた。

しかしながら、そのように心配したことに限って、実際は何も起きず終い…ということの連続だった。

また、普段の生活でも、

「あれ、玄関の鍵かけてきたかな…」

とか、

「なんだか最後、あまり元気なかったけれど、あのひとの機嫌を損ねるようなことを何か言ったかな…」

等々。色々と気を揉んだできたが、結局は何事もなかった。

このような「心配→取り越し苦労」という経験を繰り返してきて、「心配したことは、たいてい現実にならない」というセオリーがわたしの中で成立したのである。

その肌感覚が身についたわたしは、ふと心配が心に湧き上がってきた時に、このように考えるようになった。

「あ、今心配したから、もう大丈夫だ。何も起きないってことだ。」

と。

それでもなお、心配はふとした瞬間に湧き上がってくるのだが、そのつど、「あ、今また心配したからもう大丈夫だ!」と、心配した自分にどうか安心するように言い聞かせてきたのだ。そうすると、気持ちが落ち着き、安定した心の状態を取り戻すことができたのである。これを繰り返してきた。

ここで大事なのは、「その心配したことが実際に起きるかどうか」ということではなく、いかにして、「今ここ」の状態を良くするかという点である。

以前のわたしは特に心配性の性格だったので、この「心配したことは現実にならない」という考え方は、いかにその不穏な気持ちを早く安定させるか、ということに常にフォーカスをしていく中で見つけた、わたしなりの精神安定方法である。

もし仮に、問題が現実になったとしても、いざそれに直面した時に初めて、慌てたり、困ったりと様々な対処ができるわけで、それに向かう日常においていくら心配をしてみても、事態の改善にはつながらず、ただの心配し損というわけである。

しかも、心配したことは高い確率で現実にならないのだから、一度心配が浮かび上がったら、「よし、もう大丈夫!」と安心してしまえばいいのだ。(口で言うのは簡単かもしれないが…。)

しかしながら、これが有用なのは、万策尽きた時や、もうこれ以上なす術なしという状況であり、もしその心配事の発生確率を減少させる策を施せるのであれば、施すに越した事はないだろう。

心配した事はほぼその通りにならないが、念には念をである。
それによって、今の心の平安がより一層ゆるぎないものになるのであれば、ぜひそうした上で、より一層安心しよう。
なぜなら「心配した」からだ。

大事なのは、今、この瞬間である。

未来の心配事に、今を牛耳られてたまるかってなもんだ。

もし、心配性のひとがいたら、わたしと一緒に「心配したから大丈夫」の合言葉でもって、「未来」に安心して、「今この時」に全力で集中しようではないか。

ちなみに、わたしは、「一体結婚できるのか?素敵なパートナーと出会えるか?」なんてことも、もう幾度もなく心配をしてきては「心配したから大丈夫だ!」と安心させ続けてきたので、その心配は現実にならないことを確信している!!

…のはどうやらわたしだけのようである。周囲から冷たい視線を感じる。

常にわたしの将来を案じているわたしの家族よ、かたじけない。

「YES 心配, NO 現実」であるからして、どうかわたしの未来に安心してほしい。

◉オモシロ美人の今日のコトバ◉
心配事が浮かび上がったら、大丈夫。
未来に安心して、今この時こそ心穏やかに。

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[ YES 心配 , No 現実 ]オモシロ美人メソッド2016/07/20 22:27