等身小のわたし。

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こんばんは。
Chacoです。

唐突ですが、わたし、色々と自分に許可してみようと思って!!

オモシロ要素なくてもいい。

なに言いたいかよくわからなくてもいい。

かっこよくなくてもいい。

美しくなくてもいい。

 

ただ、ただ、自分が思うこと、書きたいことだけを書いてみよう。

ただ、ただ、自分がやりたいことを、罪悪感を感じることなくやってみよう。

って。

 

今までは、ブログの記事を書く時には、書きたいことを一つきちんと決めて、オチを考えて、笑いも取り入れて、色々やってたら長くなって、写真選んで、文字入れて、Facebook等へのシェアの完了を含めると3〜4時間ぐらいかかって、ようやく投稿できてたのですよね。

 

わたしのブログ更新通知をメールで受け取っていただいている方、いつも深夜の通知を送ってしまってごめんなさい。

 

うん。ちょっとした阿呆ですよね。

 

なので、会社帰って来て、ご飯食べて、スタバ行って、ブログ書いて、スタバ閉店の時間になったら、いそいそとPCかついでスタバを後にして、家に帰って、続きを書いて、深夜に投稿して…みたいな日々。

 

もっとデートとかした方がいいよ、って自分で自分を心配してしまうほどに、地味な生活。

 

んでね、もちろん書いていてノッテくる楽しいのですが、「よおおおおし、今日は書くぞおおおおお」って、気合を1日のうちに何度か入れないと、なかなか書けなかったのですよ。

 

FacebookやTwitterとかだと、気軽に投稿できるし、基本的に常になにかしら書きたいことがあるやつなのですが、誰に言われるでもなく、自分が勝手に作ったブログにもかかわらず、自分で勝手に敷居を上げ、勝手に自分で自分に制限を加えていたのですよね。

 

「ひとつの記事として完成度の高いものではないといかんぜよ!」

と。

しかも完成度なんて、これまた勝手に自分で決めたハードルですよね。

 

とまあ、常に自分でプレッシャーを与えていたわけです。

 

でもね、これやってると、一回書かなくなると、これがまた書けなってしまうのです。奥様。

ましてや、心や体の状態が良くないと、全くブログを書く気が失せる。

FacebookやTwitterには書けるのに。

 

それでも誰に言われたでもないのに、「書かなきゃ」と思って、PCを開いて、なんとなくタイピングしてみるのですが、・・・全然ノッテこないのですよね。

 

自分で作ったブログにもかかわらず、ブログに助けられる反面、ブログに苦しめられてきたなぁなんて思います。

「わたしのあのくどい、まわりくどい、こってりした笑いを求めてくださる方々がいる!!」

そう思うと、なんか恐かったのです。

オモシロくない文章を書くのが。

なにかしらの気づきがひとつもない文章を書くのが。

 

でもね、最近、知人に言われたのです。

「正直、全然オモシロくないです」

「オモシロさ押し付けてる感じがやばいと思います」

と。

 

・・・

・・・

・・・

 

なんか、聞いたことある・・・。

あーーー。

Amazonレビュー⭐︎1で書かれたのと同じ内容だーーーー。

なーーんだ。

一生懸命書いてきたけれど、全然オモシロくないと感じるひともいるんだ〜〜。

しかも、笑いを押し付けられている感じがするんだ〜〜〜。

そうかそうか〜〜。

レビューは、全然知らないひとが書いたのだろうから、なんとか受け流せたけれど、意外に近しいひとにもそう思われてるんだ〜〜なーんだなんだ〜〜。

 

ってね。

 

好みがあるのは重々承知で。

しかも、わたしの文章はくどいので、嫌うひとは多いとは思うのですが、やはり、面と向かって言われるのは、なかなかきついものがありました。

 

で。ここでわたしは、

「今まで面白いと言ってくれているひとがいて、頑張って書いてきたのに、そんな風に言うなんてひどい!」

と、自分の大事な子供をけなされた気分になって、憤慨したのです。

 

「これはわたしの文章を好きでいてくれているひとへの冒涜でもある!」

「わたしの気持ちを挫いてどんなメリットがあなたにはあるんだ!」

 

って、言い表しようのない怒りを感じました。

 

でも数日怒りに苛まれていたのですが、後日、ふとあることに気がついたのです。

 

わたしどれだけ他人目線で生きているのだ・・・。と。

 

まず第一に。

本当に自分の思うように好き勝手書いているのであれば、ひとから非難されようが、それが知人からであろうが、ほ〜さいでっか。ほなさいなら。とでも言って、アホの坂田走りなどで、軽やかに立ち去れば良いだけの話。

 

だって、自分が楽しくて書いているだけだから、それを他人がどう評そうが、こちらには関係のない話。

 

もちろん、人間だもの。こんなにきっぱり、すっぱり、割り切れないとは思うけれど、もっと早く、もっと上手にこのショックは消化できていたと思う。

 

そして、第二に。

 

やはり、ひとの期待や、ひとからの称賛、「いいね」の数、PVをこれほどまでに意識していたのか、っていう自分にびっくりしました。

 

もちろん、オモシロいって言ってもらうのは嬉しい。

「いいね」や「コメント」をもらうのも嬉しい。

多くのひとに読んでもらうのも嬉しい。

 

嬉しいけれど、嬉しいからこそ、そこに徐々に囚われて、沼にハマり始めて、無意識でがんじがらめになっていたなって思うのです。

 

だってね、深夜にブログを投稿するでしょう。

投稿した後、「いいね」や皆の反応が気になって、布団の中で目を瞑ってはみるものの、目を開いては何回もケータイ見ちゃって、結局あまり眠れなくて、寝不足で会社行って仕事して・・・っていうことの連続で、そりゃ体も疲れますわ奥様。

 

こんなわたしですが時々、「いい気になってる」って言われるんです。

調子に乗ってるように見えるのでしょうか。

 

でも、わたしとしては全然「いい気」になんてなっているつもりはなくて。

だからその言葉にとても驚いたわけです。

 

毎回、ブログにしろ、Facebookにしろ、「もうどうにでもなれ」という気持ちで、ヤケの気持ちで投稿してるのですよ。

前回の投稿も、ヤケです。「諦める勇気」

文章の推敲をほぼないで、オモシロさもなく、自分の今までの型にもはまっていない、やはり長めで、完全自分目線のあの独りごとの投稿が、あそこまで大きな反響があるなんて。本当にびっくりで、なんだか後からじわじわ恥ずかしくなってしまいました。

 

でも、ひとつ言えることが、「等身大」であったということ。

いや、ちっちゃなわたしを晒したので、「等身小」とでも言おうかな。

 

本当に小さな自分。

休職させてもらったけれど、結局稼げなくて、ストレスフリーな環境に戻る自分に対する、なんとなくの引け目。

でも、それでも自分の気持ちを優先できた、ほのかな誇り。

すべて、飾らない自分の言葉であったことが、反響の大きさの所以なのでしょうか。

本当に独り言のつもりだったので、みなさんの応援が嬉しくもあり、なんだかこそばゆくも感じました。

 

そして、そこでもやはり、思いました。

 

「自分で自分を苦しめていただけなんだな」って。

「自分で好き勝手書いているようでいて、読まれる立場であることの受動的な意識が常に上回っていたのだな」って。

 

と、同時に、書いてみないと、出してみないと、本当にひとに響くものってわからないとも。

 

だから、力んで、考えてすぎて、手が止まってしまうのは、もったいないなって。

 

というわけで。

 

これからは実験として、好き勝手書いて、好き勝手やりたいことやったら、人生ってどんな風になるのだろう、という興味が湧いてきたので、肩の力を抜いて、「いいね」や皆さまからの反応をなるべく気にすることなく、書きたいときに書きたいことを書きたいように、書きたいだけ書いてみようかな。って思います。

 

なぜなら。

行動はし続けたほうがいいことは、この一年で確信したから。

なにもしないで、流れに身を任せていても、なにも変わらないのは、自分できちんと自覚できたから

「流れに身を任せる」って、何かをやった後に、言うセリフだって思ったから。

 

もちろん、休むことは大切。

悲壮感を漂わせながら、体と心に鞭を打ちながら無理やりやるのは、結局後でガタがくる。

 

続けられない自分を責めてしまうことがあるかもしれないけれど、責めてしまう自分すらも向き合うひとつのきっかけだから、そんな自分すらも受け入れる。絶対また上向く時がくるから。

 

ただ、わたしのように、ひとからの評価を気にしてしまったり、自分でハードルを高く設定してしまったがために、なかなか勇気が出なかったり、続けるのがしんどくなってしまうぐらいだったら、ひとにどう思われようが、自分で「全然ダメだな」って思いながらでもいいから、なにかしらの行動はし続けたほうが良いと思っています。

 

そのために一番大事なのは、リラックスした楽しい状態であること。

 

わたしの人生において今まで足りなかったもの。

それはズバリ「継続力」

 

だから、「オモシロさ」や「ひとからの評価」や「完成度」は、二の次にして、まずは、このブログを続けることを優先しようと思いました。

 

もちろん、オモシロ記事を書くことは、わたしのストレス解消にもなるし、達成感も得られるので、書いていきますが、そこだけに囚われないでいこうと思います。

オモシロくなくてもいいよ。

支離滅裂でもいいよ。

そう自分に許可を出しながら、このブログを引き続き大切に育てていこうって。

(だって、どんなに頑張ったって、全然オモシロく感じないひとがいるんだもんねーあはは!←根に持つタイプ)

 

今まで「継続」がなかなかできなかった自分ですが、続けることで、一体なにか景色は変わるのか。

この一年、なんだか色々と激変したのは、なんだかんだ、ヤケながらも、「行動」したから。

だから、これを続けることで、今まで会えなかった新たなる自分に会えるのか。

少し楽しみです。

 

でも、結果はなんだってよし。

自分で決めたことだし、それを続けることで、きっともっともっと自分を信頼できるようになると思うから、それだけでも、とても素敵なことだと、今のわたしは思えるのです。

そうしたら、「全然オモシロくない」と言われたって、「さいでっか。ほなさいなら」と言って、アホの坂田でその場を立ち去ることができると思うから。

 

未来を見据えることもいいけれど、今の自分を楽しめる方が、わたしには大切だと、今は心の底から言えるから。

 

だから、そのためには、自分が「楽しい」と思うことを「無理のない範囲で」やっていこう。

そのためには「楽しい」と思えるぐらいまで、自分のハードルを、地面すれすれでもいいので、下げよう。

 

もしよければ、そこのあなたもご一緒に。

 

p.s.結果的に批判してくれたひと、色々気づかせてくれて、感謝だなぁ。でもやはり批判されるのは嫌なので、もう会うことはないのだろうなぁ。(←根に持つタイプ笑)オモシロくないらしいからどうせ読んでないだろうし、ま、いっか。( ´ ▽ ` )ノちゃんちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[ 等身小のわたし。 ]ひとりごと。2016/12/09 00:21