ポケモンGoに寄せて。

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こんにちは。
Chacoです。

昨日、どんなものかと、今話題の「ポケモンGO」をダウンロードしてみた。

現在のところ、プレイ時間の総計、【約9分】、捕まえたポケモンは、【ピジョン×1、ポッポ×2】、レベルは【2】というところまでやってきた。

十分、レビューを書くに値する状態に達したと自負しているので、今回、ポケモンGoについてのわたしの思いを書き綴ってみようと思う。

まずもって、わたしはポケモンについてよく知らない。
ポケットモンスターの略で、ピカチュウという黄色い生物がマスコットキャラクターであることを認知している程度だ。

それにしても、思う。

現実では、ねずみがその場にいようものなら、ただちに「不潔な場所」と認定され、その出現に「ひいいい!」とのけぞってしまうほどに基本的には忌み嫌われている存在なのに、ピカチュウにしろ、ミッキーマウスにしろ、トムとジェリーのジェリーにしろ(注:ジュリーこと沢田研二ではない)それらのねずみチックな生物が、アニメや二次元の世界では、世界中のひとに愛されて、大切にされている。

これは一体どういうことか。
現実世界では嫌われているものが、空想の世界では愛される、というわけである。
わたしは、ここに、ひとつの商機を見いだした。

あの、「黒い」やつである。

ねずみがあんなに空想の世界では愛されるのであるから、もし仮に、現実世界で嫌われる度合いが、空想世界で愛される度合いと比例するということであれば、「黒い」、氷河期も乗り切ったというあのおぞましい小さな生物がキャラクター化されたら、もう、ミッキーやピカチュウ人気どころではないだろう。

名前が付けられて、アニメ化され、世界中にテーマパークをこしらえるほどの、いや、それ以上の多大なる影響力を見せつけられることとなるかもしれない。

あぁ、虫唾が走るとは、まさにこのことを言うのだ。ゾクゾクしてしまう。もしかしたらこのゾクゾクが世界中のマゾヒストの人々のハートに火をつけるのかもしれない。ファーブルが生きていたら、きっと泣いて喜んで、テーマパークに通いつめて、その黒いキャラクターの生態を調べつくすことだろう。フンコロガシを這いつくばって調べ尽くした時のように。

ちなみに、わたしはあの黒いやつが大の苦手である。

彼氏にする相手の筆頭条件として、「黒いやつが出てきた時に、やっつけてくれるひと」というのがある。

というわけで、わたしの彼氏の座を目論むひとで、現段階で黒いやつが苦手なひとがいたら、ポケモンマスターになるべくスマホを持って街をさまよいポケモン探しをしている場合ではない。まずは、ゴ◯ブリマスターとして、街中のやつらをしらみつぶしに探し出し、苦手意識を克服したまえ。また、いざという時にきちんと対応できるよう、常日頃から、手首のスナップを鍛える等の訓練を重ねたまえ。

話は、ポケモンGoにもどる。

ポケットモンスターというぐらいだから、モンスターたちは、「ポケット」サイズなのだろうか。

しかしながら、わたしは、「ポケット」というと、あのビスケットの歌を思い出してしまう。

「ポケットの中には、ビスケットがひとつ、ポケットをたたくと、ビスケットはふたつ♪」

という歌詞の、「ふしぎなポケット」という歌である。

ポケットの中にはビスケットが入っていて、それを叩くと、ビスケットが二つに増え、三つに増え・・・といった、「あぁ、この世に叩くことにより無限にビスケットを製造し続けるポケットがあれば」と、摩訶不思議なポケットを切望する歌である。

よく考えるとすごい歌である。

そこまでビスケットが好きなひとも稀有な存在であるし、わたしだったら、ビスケットよりも、紙幣が増え続けてほしいと願うところだが。

小銭だとジャラジャラうるさいし重いので、できることなら紙幣が好ましいが、無理な相談ということならば、甘んじて硬貨でも良い。

そして、そのビスケット好きな稀有な人物も、その金銭によって、好きなビスケットをしこたま買い込めば良いし、ビスケットばかりを貪っていたら、当然喉も渇くだろうから、紙幣であれば一緒に牛乳も買うことができるではないか。

加えて、まず、生のままビスケットをポケットに入れることを不衛生に感じるし、叩いたら増えるというか、割れてこなごなになり、せっかくの大事なポケットが粉まみれになり、台無しだ。

というか、叩いているひとは、ビスケットが増えていると信じたいのかもしれないが、ただ単に、割れて粉々になっているだけ、という現実を早急に受け入れた方が良い。

そうでもしないと、ビスケットは増えていると妄信して、狂ったようにポケットを叩き続け、もう人間の目では確認できないほどの、「兆」という単位を超えて、1京分の1サイズまで、ビスケットが微細化してしまうだろう。

そうか。

あの「ふしぎなポケット」という歌は、「現実逃避することなく、まっすぐに現実を受け止めろ!!」という、熱い教訓が込められていたのか。

童謡は実に奥が深い。

というわけで、ポケモンGoについてのわたしの思いを語りつくしたところで、さあこれからわたしも、スマホを手に、黒いポケットビスケットを探しに行って来ようと思う。

[ ポケモンGoに寄せて。 ]オモシロ美人のよもやま話2016/07/24 15:27