大いなる母。

 

わたしは最近、銀座で、夜ホステスとして働いている。

3月末からなので、4ヶ月目に入って、お姉さんやお店のひととも少しづつ仲良くなって、正直、お店に行くのが全く苦ではない。下手すると、少し、楽しいと言っても過言ではないと思う。

いや、でもこれは過言というやつではなかろうか。

「その言葉は強がりではないのか」と、一応己に向け、自問自答してみても、やはり、「強がりではあらぬ!」という仙人のような力強い声が返ってきたので、おそらく本当に苦ではないのだろう。

 

これはおそらく、わたしが何もまだ「銀座」や「夜の世界」というものを分かっていないからなのかもしれないけれど、とても幸運なことに、どうやら銀座のなかでも、とても働きやすい、良質なお店に入れたようなのだ。

 

わたしがたまたまスカウトのひとに連れて来られた最初のお店であって、何軒か見て回ることも可能なようなのだが、いろいろ試して比較検討するのが苦手なタイプ(面倒臭がり)だし、何を基準にお店を選べば良いのかも正直よくわからなかったので、最初に紹介してもらったお店で、対応してくれた黒服のひとの感じが良かったので、そのまま体験入店をして、入店することが決まったのである。

 

でも、この話をすると、お客様には、

「このお店でラッキーだったね」

と口々に言われる。

「おぉ、そうなんだ」

と、他のお店がよくわからないため、心のなかでそう思いながらも、

「いやぁ本当そう思います。」

と、一応大人な対応をするように努めている。

 

お客様がなぜ口々にそのように言うかというと、なにはなくとも、「ママ」の存在だろう。

 

わたしの働いているお店は銀座でも30年以上の老舗なのだけれど、ママ自身がオーナーをやっており(雇われママではなくオーナーママというらしい)、銀座のなかでも一等地の場所で、経済の浮き沈みをくぐり抜けて、お子さんたちを育てながら、女手一つで30年間お店を守ってきたのだ。

 

あまりにお肌が綺麗で、まったくそうは思えないのだけれど、還暦はとうの昔に過ぎていて、それでも尚、ほぼ毎日着物を着て、お店に出勤して、お客様をおもてなししている。

 

お客さんは、そんなママに一目置いて、「いや、本当にこのひとはすごいよ。このひとの元で働けて幸運だね。」と、みんなに言われる。そういうお客さんも長い。30年選手のお客さんもざらにいる。

 

近いうちに人間国宝になるだろうと言われているある芸術家のひとも、ママが隣に座ると緊張して、「ママのオーラはやばい」といって顔を赤らめて話せなくなったりするのも目の当たりにした。

人間国宝候補のひとに畏れられる存在ってなかなかすごい。

 

そんなお店なのだけれども、かと言って、なにかママに厳しいことを言われたこともない。

 

他のお店は、服装とか、髪型とか、なかなか厳しいことを言われたり、精神的に苦しい思いをするところもあるらしいのだけれど、そういったこともなく、はっきり言ってしまえば、そういう面では、ゆるい。

 

一度だけ、黒服のひと(蝶ネクタイをつけた男性スタッフ)に接客中に呼ばれて、「オーナーがもっとお酒飲めって言ってました」と言われたことがあって、「いけね!」と舌を出したことぐらい。

(お客様のお酒を飲んで、ボトルを空にして、新しく入れてもらうことでお店の売り上げにつながるので、お酒を飲むのが一番大事と言っても過言ではない仕事。)

お客さんとの会話に夢中になると、お酒を飲むのをつい忘れてしまうことがある、本当にうっかり者のわたしである。これは注意されても仕方がない。

 

ある時、人見知りでお客さんとの距離の取り方がよく分からなかったり、プライベートでも色々あって、不眠の状態が続き、顔色が優れない時があって。黒服のひとがそれに気づいてくれたらしく、「あの子が悩んでいるっぽい」みたいなことを、ママに話してくれた時があった。

その時も、「わたしに電話するように言ってちょうだい」と黒服のひとに言ってくれたみたいで、休みの日に緊張しながら電話して、30分くらいアドバイスをくれたこともあった。

 

その時も、「あなたは今後、銀座で長くやっていく気があるのかしら。それとも一時的にお金を稼ぐため?それによってアドバイスの仕方も異なるから。」という前置きのもと、ママの人生経験を絡めた、決して押し付けやプレッシャーを感じさせない、話を聞かせてもらった。

 

また、ある時、お客さんに「今度誕生日だから来てね」とママが言って、「あぁ今度このお客さんの誕生日なんだな!」と思って、「それにしてもわたしと近いな」と思いながら、プレゼントを用意して持って行ったら、「なに言ってんの!あなたの誕生日だから、お祝いに来てあげてねって言ったのよ!」と大笑いされたり…。

「わ!お客さんのみならず女性の誕生日も把握してるんだ!」と、誕生日でもなんでもないお客さんに三越で買ったオーガニックのバスタオルを贈呈する自分の滑稽さに自分で苦笑いしながらも、心のなかでは驚いていたものだ。

お客様の来店を促すために、ママとして、働いている女性の誕生日を把握するなんて当たり前のことなのかもしれないけれど、それでも、その気遣いというか、全体を把握する俯瞰力というか、「すごいなぁこれが銀座か」とただただ感嘆したりしたものだ。

 

30年もやっていたら、本当に、筆舌尽くしがたいほどに、いろいろあっただろう。

今はとても穏やかに見えるし、仏のようにしか見えないけれど、きっと閻魔様のように恐ろしく、厳しい時もあったのだと思う。もしくは、今も、わたしが見えていないだけで、きっと経営者としての厳しい目線で、刻一刻と変化するお店の状態をながめ、厳しい判断をくだしているのかもしれない。

 

それでも、女性がのびのびとリラックスして働くことが一番お客さんにとって、お店にとって一番素敵なことになるという思いがあるからなのだろうか、ママの大きな度量のもと、今のところのびのびと働かせてもらっている。

 

特に頑張っている感覚はなく、普通に楽しくお客さんとお話して、接客しているだけのつもりなのだけれど、昨日、途中でトイレに立って、席に戻ろうとした時に、黒服のひとに「オーナーが頑張ってるねって言ってましたよ!」と一言言ってもらえて、なんだかじんわり嬉しさがこみ上げてきた。

 

自分のためにはあまり頑張ろうとは思えないけれど、ママが30年以上育んできた大事な大事なお客さんを、わたしも大事にしたいし、このお店のためにわたしにできることは頑張ろうかな、なんて思いが芽生えてきたのは、なんとも驚きであった。

 

こんな感じで、日々、色々なことを気づかせてもらい、自分の新たな一面を思い知ったりと、人生はすべての局面において学びしかないのだな、なんて、空調の効きすぎるスタバで、半ば震えながらほぼすっぴんのひっつめメガネ姿でMacを打つ超地味なわたしを、誰も、夜は銀座でホステスをやっているなんてわからないのだろう、とひとりほくそ笑んでいるそんなAMである。

 

自分が正直、どこに向かうのか、何をしたいのか今はわからないし、格好つけるつもりもなく、自分とは違う何者かになろうとも思わないので、与えられた環境で、やれるだけのことをやって、こうやって文章書いて、穏やかに感謝して、日々過ごすしかないのだろう。良識的なひとびとからしたら、「ふざけるな先を見据えろ」と思われるかもだけれど・・・笑。

今の心地よい流れに身を任せることにしよう。

[ 大いなる母。 ]銀座のはなし。2017/07/28 12:15