おまえを悩ませる悩みなんて、ねえ!

 

わたし、相談されても、的確なアドバイスができないのですね。

たとえば、

「彼氏や好きなひとに、不安でしつこく連絡してしまう。」

っていう相談を受けた時。

巷の恋愛におけるセオリーだと、

「男は追わせるものだから、むやみに連絡しないほうがいい」

とか

「どうして彼を信じてあげられないの?好きならもっと信頼してあげよう。」

とか、それらしいアドバイスがあって、それをお伝えすればいいのだろうけれど、わたしはそういう思考にはどうにもならなくて。

「どうしてこの子は、しつこく連絡してしまうのだろう?」

「どうしてこの子は、そんなに不安に思うのだろう?」

「何が、その子の不安の根元にあるのだろう?」

「その不安を解明するには、今、どんな質問をしたらいのだろうか?」

「どういう言葉をかければ、この子を今、笑顔にできるのだろう?」

・・・

などという果てしないクエスチョンが頭の中を駆け巡る。

 

そして、その結末として、

「わかんね!」

という結論に、毎度至るのだ。

 

なので、

「好きなら連絡しちゃえ〜〜やったれやったれ〜」

などと、ヘラヘラしながら、無責任なことを言い放つ。

 

わからないのだ。

 

もちろん、彼女がしつこく連絡してしまうこと、そのものの、機能的な部分を抑制しようと思えば、簡単だ。

「やっちゃだめだよ。」

と伝えて、彼女にも、

「やってはいけない」

と認識をさせるのみ。

 

でも、実は、彼女が本当に悩んでいることは、「連絡してしまうこと」そのものではない。

 

もし、連絡することを抑えて、心の中の奥底に沈殿した、「不安」や「恐れ」といった、何かしらの「トラウマ」といった強固な、得体のしれない「毒」のようなものを、なかったことにして、見ないふりをして、その相手との良好なお付き合いを保てたとしても、いつかは、その溜まりに溜まった「毒」が、表出する。

 

わたしが、願うのは、その「毒」が、できるだけ早く、その子の中から出てきて、本当の意味での「平安」が、その子の中に宿って欲しいということ。

 

自らの行動を抑制しなくても、自然に、互いにスムーズな関係を結べる。

 

本当の意味での、心からの、「安心」を、自らの力で手に入れてほしい。

 

だから、なるべく早い段階で、デトックスしてほしい。と願う。

 

そして、その「毒」は、残念ながら、外部からは見えないもの。

 

本人すら、気がついていない場合もある。

 

小さい頃や、異性とのトラウマ、わからないけれど、彼女を苦しい行動への仕向ける「何か」があって、それを自ら自分の内側に見出すためには、感情の「揺さぶり」が必要。

 

だから、残酷なように聞こえるかもしれないけれど、目の前の彼女の「葛藤」や「苦しみ」は、彼女が一生懸命に内に溜まった「毒」を、排出しようとしているように思えてならなく、その行為は、辛いだろうけれど、自分で、自分を「癒す」ために、必要な作業であると思えてならないのだ。

 

だから、思うとおり、感じるとおりに、やってみればいいのだと思う。

 

「頭」ではなく、「心」の突き動かされるままに。

「頭」ではなく、「体」が疼くとおりに、やってみればいいのだと思う。

 

その過程で、大いなる傷つきがあるかもしれない。

誰かに見捨てられることがあるかもしれない。

 

それでも、わたしにできることは、あなたがどんなに傷ついても、どんなに醜くても、そんな自分を責め立てようとも、あなたが大好きだし、いつも見守っているよ。と言い続けること。

 

あなたには、自分で自分を癒す力があると、信じ続けること。

 

だから、自分を責めないで、どうか、自分の中に溜まっている「毒」を、ビーカーを揺らすのと同じごとく、自分を「揺り動かす」ことで、早く、浮き上がらせて欲しい。

 

そして、その液体の「色」をしっかりと確認して欲しい。

 

自分が「何」を恐れているのか。

「何」が自分がしたくないと思うことを、自分にさせるのか。

 

そう考えると、人生に、意味のないことなんてないと思える。

価値のないこともない。

一見、どんな不条理なことであっても、その沈殿物を浮かび上がらせるために起こっていることだとしたら。

 

だから、「悩み」なんてものもないのだ。

 

すべての「行為」、すべての「不安」は、自分で自分に本当の意味での「平安」を見つけるための、手助けとなるのだとしたら。

ある意味において、自分で「自分」を見つけるための、道標となるパンくずのようなもの。ヘンゼルとグレーテルのね。

 

わたしなんて、OL→国際線CA→不動産営業→受付嬢→無職の予定(イマココ)であって、本当、この先どうなるのだろう、と世の中のまっとうとされる価値観を持っているひとが、もしわたしだったら、不安すぎて死ぬのでは、なんて思うのだけれど、あぁだから、わたしがわたしで良かった、なんて、今は能天気に思えたりもする。

 

悩みは、悩みと思うから、悩みとなる。

 

悩みの真っ只中にいると、なかなか前向きに思えないかもだけれど、ただ一つ言えるのは、今まで、どんなに苦境に立たされてきても、どんなにしんどい思いをしてきても、それでも、あなたは、今を「生きている」ということ。

 

「生きること」を選んできたということ。

 

別に「死ぬ」ということが、駄目であるとは思わないけれど、きっと、これまでの人生で、「死にたい」と思ったこともあると思う。

 

それでも、この先も苦しみがあることを知っていつつも、あなたは「生」を選んだ。

 

苦しみの中に、きっと、言葉にならない「喜び」が見出せるだろうという、かすかな希望をこの先の未来に見出した。

 

その「希望」が、きっと、「死」に対する恐怖を増幅してくれたのかもしれない。そして、「生」を、あなたに選ばせたのだ。

 

とにもかくにも、今を生きているあなたは、その時点で、十分、「強い」のだ。

 

だから、自分の「強さ」を信じて。

自分で自分の中に溜まった「毒」を見出して、それを排出しよう。

そのためには、傷つくことも、いとわないで。

 

そして、わたしは、そばで何度でも、言う。

「おまえを悩ませる、悩みなんて、ねぇ!」

と。

(もちろん、寄り目でね♡)

 

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[ おまえを悩ませる悩みなんて、ねえ! ]自分を信じること。2017/03/19 19:05