国際線元CAが飛行機に乗って感じる3つのコト。

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こんばんは。
Chacoです。

前回に引き続き、台湾旅行ネタは続く。

今回は、「国際線元CAであるわたしが飛行機に乗って感じたこと」というテーマでお送りしようと思う。

ところで、最近、読むことで、生きていく上で勇気をもらったり、ビジネスをする上での知識を得られたりと、様々な役立つ情報が溢れている。

わたしもいつもそれらにお世話になっているひとりであるが、先にことわっておくと、この投稿を読んだことによって、あなたが得られるのは、これを(6,000字強)を読む間のものの約5分間、少し、楽しい気分になれるだけだ。

いや、楽しいかどうかも保証はできない。
ひとによっては、もしかしたらその5分間をドブに捨てることになるかもしれない。

読み終えて、「こんにゃろー!読んで損した!わたしの5分間を返せ!」とスマホを地面に叩きつけ、壊れてしまったとしても、わたしは修理代を補償することはできないので、あらかじめご了承願おう。

その恐れがあるひとは、「この投稿を読むのをやめる」、もしくは、「スマホはソファー等の柔らかい場所に投げつけることを前提に、柔らかいもののそばで読む」等、自身で判断の上、対処していただきたい。

…でもできれば読んでほしいニャン!(かわいこぶるな)

それではゆこう。

ーーー

わたしは今回、台北に行くのに、昔勤めていた会社を利用した。

残念ながら、同期や、知っている先輩や後輩は乗務予定ではなかったため、ひたすらに淡々と、素知らぬ顔で、一乗客として空の旅を楽しもうと飛行機に乗り込んだ。

あぁ。この匂い。このボーディング中のざわめき。もうなんだか胸が締め付けられる…。

乗務員にとって、このボーディング中こそが、一番神経を使い、緊張する時間である。

乗客が荷物を頭上の荷物入れに入れるのを手伝ったり。

後ろに人が詰まっているのに、それに気がつかず通路を通せんぼして荷物の整理などを始めた乗客のところに飛んでいき、一旦席に席に座るように促したり。

席のダブルブッキングが発覚したら、二枚のボーディングパスを持って、「失礼いたします」と言いながら、人の流れに逆らって怪訝な顔をされつつも、なんとか機外に出て、地上職員に席の調整してもらったり。

満席なのに、「連れと離れ離れの席になったからなんとかしてほしい」と言われ、ボーディング中で大忙しにもかかわらず、席の交換を他の乗客にお願いして回ったり。

特別食をオーダーしている乗客に、間違いがないか、乗り込んでくる乗客の流れを縫って、乗客リストを持って確認して回ったり。

遅延で待たされてお怒りになっている乗客に謝罪したり、状況を説明したり…。etc…

ぎゃーーーーームリダーーーーー!!

あの限られた時間の中で、毎度、何が起こるかわからないスリリング。

当時は、当たり前のこととして対応していたのだが、一旦現場を離れたわたしには、もう、この仕事はできないと改めて痛感したのであった。(いや、楽しかったんだけどね。ただ、あの頃のわたしは、「できない自分」を責めてしまいまクリスティだったので、その不甲斐なさにフライト後によく落ち込んでいた苦い思い出が生々しく蘇るからだろうか。)

そんな複雑な思いを抱えつつ、自席へと座る。
そりゃもう眠かったもので、離陸前に深い眠りに落ちてしまった。

離陸後に目がさめる。

…寒い!!

元CAのわたしが飛行機に乗って感じるコト…

 

①機内の温度調整ができないもどかしさ

 

これは本当にもどかしいったらありゃしない。

日本人、特に女性は、外国人に比べ冷えやすく、寒いのが苦手で、実際わたしも冷え性に悩まされている。

なので、特に米系や東南アジア系の航空会社の便に乗ると、真冬を思わせる「冷えっぷり」に、毎度凍えてしまう。

そして、わたしの勤めていた航空会社も、ご多分にもれず、基本的に機内は寒めである。

飛行機は離陸後、外気の低下に伴い機内が寒くなるのだが、寒いままにしておくと、多くの人から「寒いのですが」と言われ、温度の調整、もしくはブランケットをほしいと頼まれることとなる。

ボーディングに引き続き、離陸後もわたしたちは早速やることがたくさんあって、寒さにより四方八方から「ブランケットください」と言われると、その対応も加わり、てんやわんやとなるのが常なのだ。

しかも、機内のブランケットにも限りがあるため、満席ともなると、足りなくなってしまう。

ブランケットを求めて、機内を駆けずり回り、またその間に、「ブランケットお願いします」と言われ、「オーダー・オブ・ブランケット」は雪だるま式に増えていってしまうのであるから困りものである。

そして、ひいこら言いながら、半ば他の乗務員とのブランケット争奪戦を繰り広げながらも、ブランケットの必要枚数をなんとか確保して乗客へ渡しにいくのだが、席番号をうっかり控え忘れ、「あれー誰だったっけ…」とウロウロしていると、「ブランケットください」と別の人に言われ、仕方がないのでその人になけなしのブランケットを渡して品切れになったところで、さっき頼まれたひとから「ブランケットまだですか」と聞かれ、「あちゃーー」と頭を抱えること数知れず。

たたでさえ要領が悪く鈍臭いわたしは、他の乗務員が、次の仕事に取り組んでいる中でも、まだブランケットを探し求め、ひとり機内をさまよっていることが多々あったのだ。

なので、現役の時は、離陸後、シートベルト着用サインが消えたと同時に、わたしはおもむろに席を立ち、まだ上昇途中で傾いているのもなんのその、前傾姿勢で前のめり気味で、まるで登山をするかのごとく一歩一歩力強く、温度コントロールパネルのある機体前方へと、勇ましく向かっていく。

そして、コントロールパネルの場所にやっとのことで到着。さっそく温度を調整しようとすると、そのそばに座っている乗務員に「インターホンで言ってくれればわたしがやったのに〜」と言われるのだが、それには「ははは〜」と愛想笑いで返してその場はやり過ごすに限る。

あぁ。お願いしたことは、過去に何度もあるさ。
しかしながら、大抵の人間の温度調整は甘いのだ。
もしくは、やっておくと言いつつ、やらないことも多い。特に暑がりの男性クルーがそうだ。

わたしは、極寒の機内におけるブランケット争奪戦の勃発を防止するためにも、強い正義感でもって、離陸後にまずは機内を温め、快適な空間にするということを、常に、ストイックに自分に課していたというわけだ。

また機体の場所によって、「非常に冷える場所」と、「比較的暖まりやすい場所」があり、その調整の塩梅も難しい。

しかしながら、わたしは、各場所における絶妙な温度設定をきちんと認識していた。

今後は、「マスター・オブ・コントロール・オブ・テンパーチャー」とでも呼んでくれも構わない。

昨今、何事も全部ひとりで抱え込まず、ひとを信頼し、仕事を任せろというが、この温度調整だけは、非常に繊細な仕事を要求されるため、匠であるわたしが担わずを得ない状況であった。今となっては後継者が育つ前に辞めてしまったことだけは心残りである。マスター・オブ・コントロール・オブ・テンパーチャーの。

今回は、乗客として乗っていたのだが、マスターオブ…(もういい)の血が騒がなかったかといったら嘘になる。

しかしながら、わたしは分別というものをわきまえているので、おとなしく座席に座り、ブランケットを首までかけて、寒さをやり過ごすことにした。大人である。

本当は、隣に座る乗客を乗り越え、止めるクルーを押しのけて、斜めの機体もなんのその、ガッシガッシと前のめりで前方へ向かっていき、温度調整の伝統技を魅せつけてやりたい衝動に駆られたが、台北に到着後、飛行機のドアを開けたら空港警察が待っていても嫌だったので、目をつぶり、口を真一文字にして、大人しく過ごすことにした匠であった。

ブランケット争奪戦が勃発したかは、目をつぶっていたので知る由も無い。

 

②機内食のチョイスのバランスが気になる

 

これも非常に気になるところである。

エコノミーでは、大抵2種類の(会社によっては3種類)機内食を搭載していて、乗客に好きな方を選んでもらう。

大体、50:50の割合で搭載されていることがほとんどであるが、乗客の要望がきっちり50:50になることはまずない。

45:55の場合もあれば、40:60の場合もあり、どちらかに偏るのが普通である。

となると、必然的に、食べたいもの選べない乗客が出てくるわけだ。

時には、かなり早い段階で片方が出払ってしまい、後半はほぼ謝りながら残った方を配ることもある。

そして乗客の中には、「食べれないから。ほかのものを探してきて。」と言ってくる人もいる。

「到着後、美味しいものたくさん食べればいいじゃーーん」…なんてことは正義感あふるゝわたしが思うわけもなく、少し待ってもらい、一通り配り終えた後に、大急ぎでビジネスクラスに行って、何か出せるものはないかと探すのである。

時に、チキンはいやだと断ってきた乗客がいたのだが、ビジネスクラスを探してもチキンしか見当たらず、それを謝罪の上伝えたところ、「あぁビジネスクラスのならいいよ。」と言われたことがあった。

「なにーーー!!あんたチキンだめ言うたやんかーーーー!!ビジネスのチキンもエコノミーのチキンも同じ鳥類じゃーー!!」

と、優しさ溢れるわたしの心の中はこんな風に罵倒の嵐となるわけもなく、ビジネスのチキンをひきつった笑顔で用意したっけ。

このような乗客は、「チキン」が嫌だったのではなく、もともと2種類あり、ほかのひとは「選択」という権利を行使できているのに、それを行使できずに、ただ片方を押し付けられるという理不尽さを、面白く思わないのだろう。
それはそうだ。もしかしたら、機内食をとても楽しみに乗っていたのかもしれない。だとすると、何か文句のひとつでも言ってやりたいと思うのもごもっともだ。時に怒り狂う乗客もいるほどである。

それでも、

機内食よりも、もっと美味しいものを到着地で食べればいいじゃん…。
機内食ひとつで、大の大人がそんなに怒らなくても…。

と、思ってしまうのは、わたしたち乗務員が傲慢なのだろうか。

それでも、そんなことを思っていても、口に出せるわけもなく、出来うる限り、人気のない方により美味しそうに聞こえる名前を付けたり、声のトーンを変えてみたり、試行錯誤して、皆が満足して自分の「食べたい」と思うものを食べられるように、乗務員は頭を使ってセールスをしているのである。

重要なのは、「どちらを食べるか」ではない。
「自分で選んだものを食べられるか」が大事なのだ。

この真理は、人生にも通ずる気がする。

というわけで、わたしもいち元乗務員のはしくれとして、やはり機内食のチョイスの偏りは、乗客として乗っていたとしても、どうしても気になってしまうのである。

知り合いの乗務員だったら、「余っている方でいいよ」と気軽に言えるのだが、知らない乗務員に馴れ馴れしくそれを言うのは、なんだか気が引けた。

また、窓際の席だったので、首を通路にひょいと出してカートの中を確認することも出来なかったので、「恐らくこの便は和食の方が不人気だったはず…」と、和食をもらうことにした。

結局は到着後に早めのお昼を食べる予定だったので、あまり食べなかったけれど。(じゃあもらうな)

 

③トイレ掃除をしてしまう。

 

これも見逃せない。

乗務員の重要な仕事のひとつに「トイレ掃除」、通称「ラバチェック(ラバトリーチェック)」というものがある。

お客様に快適な空の旅をお楽しみいただくために、トイレは常に清潔であらねばならない。

そして、ミールサービスが終わると、毎度、機内のトイレには長蛇の列ができるのは、お約束である。

「食物を摂取し、それらを排泄する」という生物の基本的な生理現象を、こうもわかりやすく表現している光景はないのではないか、と毎度感心していたものだ。「やはり食べたら出るんだな〜」と。

しかしながら、多くのひとが利用すればするほど、トイレ内は荒れていくのは当然のこと。

洗面台はびしょ濡れになり、床も水しぶきで濡れ(…水しぶきであってほしいと常に切に願っていた)、トイレットペーパーおよび備え付けのペーパータオルやティッシュも切れてしまう。

というわけで、わたしたち乗務員は、食事提供後に、各々が担当のトイレの「ラバチェック(トイレ掃除)」へと立ち向かうのだ。

他の乗務員や航空会社はどうかわからないが、わたしは乗客の後ろにいつも並んで、一応順番を待ってトイレ掃除に勤しんだ。

これは、わたしがトイレの近い人間なので、一刻一秒を争うひとがいるかもしれない中、それらを押しのけて、トイレ掃除という大義名分のもとに、「清掃いたしますので失礼いたします〜」と我が物顔で横入りするのが、どうにも気が引けたからだ。

しかしながら、普通に乗客に混ざって、「ぼーっとトイレの順番待ちをしているCA」と思われたらなんとも癪なので、ビニール手袋をはめた手で消臭スプレーをしっかりと握りしめ、「わたしは用を足すために並んでいるのではない!掃除するためなのであしからず!」という無言のアピールをしていたが、それが功を奏していたかは神のみぞ知る。

そして、いざ、順番待ちが回ってきたら、わたしの行動は素早い。

後ろに並んでいる乗客に、「清掃いたしますので少々お待ち下さい」とひとことことわり、トイレ内に入り、素早く施錠する。

まずは洗面台を洗い、ペーパータオルでしっかりと拭き、その周りに飛び散った水滴も拭く。

床が濡れている場合は、それもペーパータオルで拭く。
(たまに、ストレスが溜まって弾けたい時には、行儀は悪いがペーバータオルで足を使って拭き、リズムに乗って「ヘイヘイ」と狭いトイレ内でしばし踊りながら掃除していたのは恐らくわたしだけであろう。時効ということで、今ここに白状する。)

ティッシュペーパーやペーパータオルを補充し、トイレットペーパーも三角折りにして、最後に消臭スプレーで爽やかな香りで満たして、はい、わたしのトイレ掃除は終了である。

ちなみにこの時の習慣で、引退した今も引き続き、トイレットペーパーを三角折りにしてしまう。

「ひとの触ったトイレットペーパーを触りたくない!」

というひとが、わたしの三角折りに当たってしまったら申し訳ない限りだが、わたしはどちらかというと、三角折りにしたトイレットペーパーに遭遇すると、ほのかに嬉しくなり、ありがたく三角形の頂点の部分を下に引っ張っている。

というわけで、今回は、自分の勤めていた航空会社の飛行機なので、「勝手知ったる」ということで、本当に勝手に、自分がトイレを利用した際にはトイレ掃除をさせて頂いた。というか、それをせずにはいられなかった。

勝手にティッシュを補充したりしてごめんなさい。
リズムに乗って、床掃除をしてごめんなさい。

ーーー

というわけで、以上が、わたしが実感した「国際線CAが飛行機に乗って感じる3つのこと」である。

皆さんにとって、全く役立たない情報を提供できたことに、今、大いなる満足感を感じている。

そのほかにも、

・忙しそうな時に、代わりに機内アナウンスを入れてあげたくなる。

とか、

・通路を歩いている時に、乗客の飲み終わったカップなどを、「お下げします」と言って、回収しそうになる。

などなど。お伝えしたいが役には立たない情報を数え上げれば、キリがないだろう。

と、同時に、もう二度とこの仕事はできないけれど、そして、6年間色々なことがありすぎたけれど、それでもやはり、とても楽しかったし、多国籍の空間でなかなかできない経験をできたこと、また、一生の仲間と出会えたことを誇りに思う自分がいる。

そして、今回のように、乗客として飛行機に乗るたびに、もう、「自分が乗務員ではない」という当たり前の現実を目の当たりにし、毎度、少し寂しく切ない思いをするわたし。

ひとしれず、涙を拭き、前に、未来に顔を向け、力強く歩いていこうと、改めて、思った次第である。

そう。
上昇中の機内であっても、温度調整に勇ましく向かう、マスター・オブ・コントロール・オブ・テンパーチャーとしての誇りを胸に。

[ 国際線元CAが飛行機に乗って感じる3つのコト。 ]オモシロ美人のよもやま話2016/07/08 23:54