レポ:ルイ・ヴィトン展④

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    こんばんは。
    Chacoです。

    とうとう、とうとう、みんなの「ルイ・ヴィトン展」レポートも、今回が最終回。

    途中、視聴率が低迷し、スポンサーが降板を申し出て、レポート存続の危機もあったが、なんとか視聴者の皆さんのお力添えがあって、この度、最終回を迎えられることに、心より感謝している。

  • 今日も、もちろん、大スポンサーのスターバックスコーヒーからお送りしている。

    スポンサーのスターバックスには、いつもわたしにレポートを発信する場を提供していただいており、大変感謝している。
    心強いスポンサーである。

    しかしながら、当のスターバックスは、わたしをスポンス(スポンサーの動詞形。(注:わたしの造語))している自覚があるかどうかは、定かではない。

    それでもわたしは思うのだ。

    自分でスポンスしているつもりはなくても、誰かが、勝手に「スポンスしてくれてありがとう」とあなたに対して思っていれば、あなたは何ら金銭的、物理的、精神的サポートをその相手にしていなくても、あなたはもう、立派な「スポンサー」なのだ。

    持ちつ持たれつ、要するに「スポンススポンスドゥ」(注:過去分詞形)の、関係が、人間関係ってなものだ。

    あなたは一体誰にスポンスしてもらっているだろうか。
    また、あなたのあずかり知らぬところで、あなたは誰かをスポンスしており、れっきとしたスポンサーであるかもしれない。

    そのことをどうかお忘れなく、胸を張って生きてゆこう。

  • ーーー

    さて、ルイ・ヴィトン展レポートであるが、わたしの一番苦手な「手短かに」「効率的に」「端的に」お伝えすることに挑戦してみようと思う。

    なぜなら、わたしは明日から台湾に行くので、今晩は早く就寝しなければならないからだ。

    「公私混同もはなはだしい」と言われてしまっても仕方はない。

    お詫びとして、今後は「近藤孔子」という名を名乗り、今一度現世において儒教を教え広め、息子が生まれたら「近藤論吾」と名付けようと思う。

  • そんな近藤孔子のわたしは、とうとうルイ・ヴィトン展内部へと足を踏み入れたのだが、その「トランク」の多さに、愕然としてしまった。

    右も左もトランク。
    老いも若きもトランク。
    飲めや歌えや、わっしょいわっしょいと、まさに「トランク祭り」であった。

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    そりゃそうだ。
    なぜなら、ルイ・ヴィトンは、荷造り用の木箱の製造職人なのだから。

    鉄道や飛行機など、乗り物の発達とともに、貴族たちの旅のお供「トランク」への要望が増えていき、またその内容および品質も高度化していった。

    …(前略)硬貨や腕時計のコレクション、ポロ競技用のクラブ、テニスラケット、タイプライター、口述録音機、蓄音機、写真機、X線撮影装置、釣具、ウィッグ、巨匠の描いた油絵、書物や手書原稿など、専用のトランクが次々に生まれた。最近では、大量の避妊具を収納するために作られたトランクもあったほどだ。 ーガストン・ルイ・ヴィトンの言葉

    このように、ルイ・ヴィトンは、客の要望により、上述の様々なものを収納する専用のトランクを作り出していく。

    しかしながら、いくら客の要望とはいえ、大量の避妊具を収納するためのトランクの製造まで請け負ってしまうとは、「ルイ、どうかしてるぜ」とわたしは感じたのであった。

    もう少し仕事を選びたまえよ、と。

    わたしだったら、そんなに大量の避妊具を必要とするなんて「お盛んですね。おほほ。」などと皮肉の一つでもいい、要望を突っ返したことだろう。

    けれども、こうも感じた。

    長きにわたり信頼され、世界中で愛されるブランドに、ルイ・ヴィトンがなりえたのは、この創業者ルイ・ヴィトンの常軌を逸するほどに、新たなトランクの開発に全精力を注いだことに起因しているのではないかと。

    何かを生み出す時、そこに、それを作る者の「狂気」が宿っている場合、流行などそんなものを蹴散らすほどの、圧倒的な存在感と美しさが共存するモノが世に送り出される。

    Appleの創業者スティーブ・ジョブズ、モードの帝王と言われたイブ・サンローラン、天才時計師フランク・ミューラー、天才バカボンのパパすなわちバカボンのパパ…等々。

    伝説となるひとびと、そして彼らが生みだしたモノは、ある種の「狂気」が宿っていると思うのだ。

    周囲に「こいつ狂っている」と思わせるほどに、いかにひとつのことに「没頭」し、「熱中」し、「傾倒」し「陶酔」できるかが、ひとびとを惹きつけてやまない「ブランド」を生み出す第一歩に、欠かせない重要な要素である気がするのだ。

    流行や、打算、妥協がふんだんに盛り込まれた投げやりの「モノ」は、一過性の人気は集めるかもしれないが、前述の過程を経て生み出されたものとは、大いなる一線を画する存在でしかなりえないだろう。

    もちろん、狂気を帯びた天才性だけではどうにもならない時代的な背景やタイミングもあると思うのだが、現代も圧倒的な存在感を誇るブランドというものには、その発端に「狂気」が存在していたと思えてならない。

    なので、ルイ・ヴィトン氏がどのような人物なのかは把握していないが、2年かけて14歳でパリを目指して旅に出てしまうようなところから、まずは一風変わった少年であったことは容易に察することができるし、次々と客の期待をはるかに越えるようなトランクを作り出し、挙句、「大量の避妊具収納トランク」まで作っちゃうところに、わたしは彼のまとった「狂気性」を感じずにはいられなかった。

  • そして、もうひとつ興味深かったのは、下のルイ・ヴィトンの代表柄とも言える、「モノグラム」。
    これは、創業者、ルイ・ヴィトンのイニシャル「L」と「V」や、花、星をモチーフとした柄であり、ルイ・ヴィトンの定番中の定番と言えるだろう。

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  • しかしながら、下の「ダミエ」柄の方が、モノグラムよりも先に誕生したそうなのだ。
    このダミエもルイ・ヴィトンではおなじみの柄である。
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    なんでも1867年のパリ万博後に、フランスで日本ブーム(ジャポニズム)が起こり、1888年にルイ・ヴィトンが日本の「市松模様」にヒントを得てモチーフにした模様をトランクに用い、それが「ダミエ・キャンバス」だったようで、大変興味深い話である。

    しかしながら、非常にシンプルな模様であったということもあり、大量の「模倣品」が出回ってしまった。

    それらの「模倣品」対策として、より複雑な「モノグラム」柄を二代目のジョルジュ・ヴィトンが生み出したのだった。

    なんと、模倣品対策という、「苦肉の策」によって生み出された柄が「モノグラム」で、その柄が、ルイ・ヴィトンの代名詞ともなる代表的な柄となり、長きにわたり人々に愛されているという事実。

    2代目のジョルジュ・ヴィトンも、天国から、現代でも多くのひとがモノグラム柄を愛し、モノグラム柄を買い求め、抜群の人気博していることにたいそう驚いていることだろう。

    「アレハクニクノサクダッタノニ!!」

    とでも言い、頭を抱えながら。

    ブランドは、狂気によって生み出される場合もあれば、そのような、思いもよらない、「問題解決」のためであったり、「苦肉の策」として等、ひょんなこと生まれたものもあるのだなぁと感じたのであった。

    しかしながら、ルイ・ヴィトンをいちトランク屋から、その範囲をバッグにまで広げて、事業を拡大していったあのジョルジュのことである。

    やはり、問題解決のためといえど、持ち合わせているセンスを駆使し、自身の満足のいくデザインを、試行錯誤の上生み出したのであろう。

    ーーー

    その後、第二次世界大戦を経て、ガストン・ルイ・ヴィトンにより、世界中で愛されるブランドにまで成長した。

    また、デザイナーマークジェイコブスによって、より変革的で、奇抜かつ挑発的な要素も取り入れられ、定番ラインに厚みが加えられた。

    そして、ダミエ柄が「市松模様」を参考にしたと言われている通り、ルイ・ヴィトンは日本との関わりが深いブランドである。

    あの草間彌生や村上隆とのコラボレーション作品を生み出していたり、この展示会も、パリに次ぎ2国目日本が選ばれたことから、日本文化が持つ伝統と独創性が、ヴィトンというブランドを始め、フランス人にも愛され、尊重されている事実を肌で実感することができた。

    ルイ・ヴィトンの2年間にわたるパリへの旅から始まったといえる世界のラグジュアリーブランド「ルイ・ヴィトン」。

    わたしのエピちゃん(現在姉が所有中)を始め、その機能性、頑丈性、デザイン性で、元々好んで所有していたブランドであったが、今回、その奥深い歴史と様々な歴史的製品を間近に触れることができ、より一層、現在わたしが愛用している「3代目ルイ・ヴィトンシスターズ」にさらに愛情が増したのは言うまでもない。

  • というわけで、最終回15分拡大版でお送りしてきたルイ・ヴィトンレポート最終回はいかがであっただろうか。

    なんとか今回、台湾に行く前に終えることができて、安堵している。
    4時起きなのに、間も無く0時半だ。起きれるかしら。

    とにかく、今後、改めて、ルイ・ヴィトンのように「狂気性」を持ってこのブログを書くことに没頭していこうと決意を固めた次第である。

    しかしながら、行き詰まった時には、なんとか知恵を絞って、苦肉の策で無理やり書いていこうと思う。

    意外にもみんなの反応がすこぶる良く、PCの前で「アレハクニクノサクダッタノニ!」と頭を抱えて驚くことができたら、御の字だ、という願いを込めて。

 

[ レポ:ルイ・ヴィトン展④ ]オモシロ美人レポ2016/07/02 00:25