レポ:ルイ・ヴィトン展②

JPEGイメージ-92D710D64D24-1-2

こんにちは。
Chacoです。

今回は、前回に引き続き、ルイ・ヴィトン展レポートをお送りする。

前回、わたしとヴィトン製品との歴史をおおいに語り尽くしてしまったので、完全燃焼してしまい、高校総体を終えた高校三年生のようなの燃え尽き症候群に陥ったが、今か今かというリクエストが後を絶たない(気がしてならない)ので、仕方なく、ルイ・ヴィトン展レポの続きをお送りしようと思う。

さて、ルイ・ヴィトンのクリエイティビティに触れ、自分のクリエイティビティを刺激しようと目論むわたしは、ルイ・ヴィトン展の最終日に紀尾井町にある会場に赴いた。

どうして、紀尾井町なのだろう、と疑問に思ったが、1978年に日本初のルイ・ヴィトンストアがオープンしたゆかりの地が紀尾井町だったようだ。

これは偶然なのか、はたまたあえてこの紀尾井町という地を選んだのかは定かではないが、このようなストーリーが背景にあると、やはり心はくすぐられる。

これが、まったく縁もゆかりもない、お年寄りの原宿の異名を持つ「巣鴨」での開催であったら、終始どことなく違和感を感じつつの、見学となったことであろう。

そして、巣鴨という地のフレンドリーさに油断をして、地蔵通り商店街でコロッケなんかを買って、それを食べながらヴィトン展に足を踏み入れようとし、スタッフのひとからこっぴどくしかられてしまう可能性だってあっただろう。

場所の選定は非常に大事であることを痛感する。

そして、世界のラグジュアリーブランドの展示会ということで、「紀尾井町」という名にならって、わたしも若干の「気負い」を感じながら、会場に向かったのは言わずもがなだ。

フレンドリーな「巣鴨」だったらきっとここまで気負わなかったはずである。

気負いを感じつつも、会場に到着。
見ると、長蛇の列が出来ている。

わたしは、完全予約制だと思い込んでいたのだが、そうではなかったようだ。

ディズニーランドのファストパスのような感じで、指定した時間に予約をしておけば、待たずに入れるが、予約をしていなくても、スタンバイで入場を待つのは可能なようだった。

わたしは噓をついてしまった。

友人に、「ルイ・ヴィトン展は、完全予約制で、わたしが予約した時にはもう最終日に最後の時間しか枠がなかったので、それをなんとか予約できた」と話してしまっていたのだ!

そして、友人は予約をしようとHPを見たようだが、もう予約がいっぱいで予約できなかった、と残念そうに言っていたのであった。

…ごめん!!友よ!!予約しなくても行けた!!

とは言っても、もう最終日の最終の時間。
時すでに遅し。

友人への懺悔の思いがチクリと胸を刺しつつ、わたしの思い込みのせいで行けなかった友人のためにも、なにかを収穫して帰ろう!という意気込みをお供に、ファストパス(ちがう)を持つわたしは、並ぶことなく会場内へと足を踏み入れた。

ルイ・ヴィトンのクリエイティビティに触れたいと目論む、わたしのように、富士山のごとく志の高い人間たちでごった返す会場内。

さっそく、自分のセンスや感覚を、より研ぎ澄ませていきたいと考えるひとびとが、このニッポンという国に、こんなにも多く生息することを目の当たりにしたわけだ。

『世も末』とこの国の行く末に絶望を抱いていた今日この頃であるが、この日出ずる国ニッポンの未来に、一縷の望みを見出したわたしであった。

…決して「無料」だからではないはずである!!そうだろう!諸君!

そして、この展示会のためだけに作られたハコではあるが、やはりそこはルイ・ヴィトン。

暗めのトーンで、シックに彩られた会場は、たとえ期間限定の催しであっても、やはり世界に名を馳せるブランドのこだわりとプライドを感じさせる。

そして、わらわらと進む人々の集団に身を任せつつ、まず最初に、創業者ルイ・ヴィトンの紹介のパネルと遭遇した。

なんでも、ルイ・ヴィトンの創業者、ルイ・ヴィトンは、生まれ故郷の東フランスにあるアンシェ村を、14歳の時に出発し、2年後にパリにたどり着いたという。

2年…いくら14歳といえど、少し時間がかかりすぎではないだろうか。

アンシェ村からパリへの距離を調べたところ、約400kmとのこと。
東京からだと大阪や京都あたりといったところか。

Google Mapで調べたら、不眠不休で、ぶっ通しで歩き続けて、4日程度で到着できる見込みである。

それが、2年。

恐らく、14歳のルイは、所持金もほとんどなかったことだろう。(定かではないが家出をしたらしい)

途中に立ち寄った様々な村で、幼ながらに、村人の手伝いなどをして、ご飯を食べさせてもらったり、泊めてもらったりしたのだろう。

そして14歳、まさに思春期。お年頃である。
2年の間に、お下げ髪の町娘との甘酸っぱい恋のひとつやふたつも経験したことと思う。

多くのひとの、優しさや、厳しさ、温もり、冷たさ。

そして、出会いと別れ。

そんなものに触れ、様々な感情を味わい、数々の経験をしながら、幼きルイ少年は、花の都パリを目指したのだろう。

のちに、パリで荷造り用木箱製造業兼荷造り職人となったルイは、類い稀な才能を発揮し、1854年、33歳の時に世界初の旅行鞄専門店をパリに創業する。

この2年間に渡る旅。

ルイ・ヴィトンは、時代とともに変化する「旅」を、より機能的に、より楽しめるものにしようと、「旅」を彩る様々な製品を世に送り出してきたが、そのルーツは、このルイ少年が2年をかけてパリを目指した、この「旅」にあるのではないか。

そう思わずにはいられなかった。

あぁ、まだルイ・ヴィトン展の入り口にはいったところであるが、次回に続くのであった〜〜。

[ レポ:ルイ・ヴィトン展② ]オモシロ美人レポ2016/06/25 12:59