我輩はカカア殿下である。

 

ご機嫌麗しゅう。
オモシロ美人研究家Chacoである。

今回は箸休め(だれの?)ということで
わたしが以前国際線のCAをやっている時に
書いたブログ記事を、試験的に載せてみようと思う。

国際線CAのブログといば…

「フライトでParisに来ています。たくさんお買い物しちゃった♪
今はシャンゼリゼ通りのカフェでひと休み中〜。ふぅ♡」

だとか

「今日はバンコクステイです♪
マッサージにネイルにタイ料理…♡はぁ…極楽♪♪」

といったセレブ感溢れる小洒落たものだと
期待させてしまったかもしれない。

しかしながらこのわたしだ。
残念ながらこのわたしである。

「いくらChacoといえど、CA時代は
もっとリア充感満載のブログ書いてたんじゃないの〜?」

と思ったひとには誠に申し訳ない。
久しぶりに読み返してみても
残念ながら

今と何ら変わらないわたしがそこにいる。

この記事を書いた時から7年の月日が経つが
幸か不幸か「ひとはそうやすやすと変われない」
ということを思い知らされたのである。

ネクラで、ステイ先のホテルで
パジャマ姿でPCとにらめっこしている様が
ありありの目に浮かぶような
いち国際線CAとして、華やかさのカケラもない内容だ。

まぁこれがわたしの本質なのだろう。
観念して、自分自身を認めよう。
バカボンのパパもさんざん言っているじゃないか。
それでいいのだ。と。

ではでは、
日本語の奥深さに翻弄される
超!!リア充な20代のピチピチなCAであったわたしを
お楽しみあれ〜〜〜〜!

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「我輩はカカア殿下である。」

言葉って難しい。

特に私たち日本人が使う「日本語」は、

本当に奥が深く、ひどく複雑な構造をしている。

日本語の単語だけを見ても、
日本にもとからあった言葉を指す
「和語」

昔中国から伝えられた「漢字」を用いて日本独自の言葉として作られ、
音読みの形で用いる
「漢語」

明治時代以降に、西洋からやって来て、主にカタカナで表記される
「外来語」

の3つの語種に分類される。

また、昔の人々から言い伝えられている、
人生における大切な「教え」や
様々な「知恵」を短い文章でズバリ表してしまう
「ことわざ」や
中国の成語や熟語を漢字4文字で簡潔に言い表す
「四字熟語」そして、「オノマトペ(擬音語と擬態語の総称)もある。

(オノマトペと聞くと、「小野マトペ」と頭に浮かび、「伊東マンショ」に代表される
天正遣欧少年使節の一員としてローマに派遣された少年の名のように思えてならない。)

他の言語にはあまり見られない「尊敬語」や「謙譲語」、「丁寧語」まである。


日本語は本当にややこしい。

例えば、日本語の基本文型 S+O+V を基本的なベースとした上で、
上記に表した語種や文章表現を用いてみると、

わたし(和語)は、ミッキーマウス(外来語)の中身(和語)を、目撃(漢語)してしまった。
ドキドキ(オノマトペ)・・・「知らぬが仏」(ことわざ)で「自業自得」(四字熟語)だった。」

これは発言者の、世の人気者ミッキーマウスがその頭を脱いだ時、
汗だくのちっちゃいおっさんが顔を出したのを目撃して、ひどくがっかりして

「知らなきゃよかった・・・でも、見ようとした私が悪いのよね・・・。」

とがっかりしながらも
自分を戒める様子を表してみた。

          
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このように日本語は、一つの単純な状況を表すだけでも、3つの語種を用い、
またその状況や心情を端的に表すスパイスとして「ことわざ」や「四字熟語」、
「オノマトペ」等を取り入れて、文章に深みや躍動感、臨場感を持たせることが出来る。

このように日本語の構成のごくごく一部をさらっとかじって見ただけでも、
私は普段から、正しく日本語を使えているのだろうか。

また、私の言いたいことや、私の表したい状況描写を

間違った表現を用いて、誤った内容で相手に伝わっていやしないだろうか
という不安に駆られる。

日本語って本当に難しい。

以前、その日本語の難しさが私に、ある葛藤をもたらす出来事があった。

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1年以上前の話ではあるが、地元の仙台に帰省した際、
久しぶりに昔からの仲の良い友人と会える機会に恵まれた。

話はそれるが、私たちが必ず「語らいの場所」として選ぶのが
近くにある大型ショッピングモールの中にあるスターバックスである。

あの天下のスタバなのにいつも非常に空いていて、ゆっくりと話を楽しむことができる。
いつもあまりに空いているので、
「潰れやしないかしら」と、私たちの「憩いの語り場」として
その存続が常に危ぶまれる程に空いている。

存続を危ぶまれながらも、「とうとう潰れた」という悲報は耳にしていなかったので
その時もそのスタバで会うことになった。

そんなスタバで語らう際、私たち2人は、向かい合って座らず、
2人とも横並びになってソファー席に座る。

理由は簡単。2人とも楽なソファー席に座りたいからだ。

これを通称

「おばちゃん座り」

と呼んでいる。

時々、ソファー席に横並びに座り、お話を楽しんでいるおばちゃんたちを
喫茶店などで見かけることはないだろうか。

この名称はこんなおばちゃんたちの様子から拝借した。

もしくは、他にいるとすれば、付き合いたての、見ているこちらが癪にさわるほどに

ラブラブ状態のカップルか。

こやつらからは拝借してたまるか。
せいぜい横並びで手でもつないで、見つめ合ったりなんかしちゃって、
そんでもって、それを見た私のような孤独な独身女性たちに

「チッ」

と舌打ちでもされるがよい。

いずれ、隣に座るどころか、お互いの顔を見るのも嫌になってしまう日が来るともしらずに・・・。

くっくっく。

・・・おっと!いけない!!

私のうちのごく一部である0.02%を構成する「悪」が出てきてしまった!!

言い訳がましいが、私の残りの99.98%の構成物は「善」であるので、

こんな発言は非常に希であることを強く主張した上で、前言を撤回したい。

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だからといって、ネクラ孤独独身女性の負け犬の遠吠えでも決してない
ことも付け加えておきたい。

ほぼその精神および肉体が「善」に満ちている私は、上記のような
「ラブラブカップル」を全身全霊で応援していきたい!と、今ここに表明する。

バカップル 「ラブラブカップル」の、限りない幸せを願い続けることを
誓ったところで、話は友人との会話に戻る。(私はすぐ脱線するなぁ。)

その日もご多分にもれず、恒例の「おばちゃん座り」をしながら、
何かの話題で盛り上がっている時に、私が、

「それって、かかあ天下(かかあでんか)だね。」

と発言した。

そうしたところ友人が、

「それって「かかあ天下かかあてんか)」のこと?
あはは!「かかあでんか」って!Chaco超ウケる!」

と言って大笑いし、

かかあでんかって「カカア殿下」みたいで、「カカアっていう「殿下」
がいるみたいだね!あ~面白い!」

と笑い続けた。

私チャコは力無く

「は、ははは・・・。本当だ。カカア殿下って誰だよね…。」

とつぶやいた。

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心の中では

「あれ…「かかあ天下」の「て」は濁るんじゃなかったっけ・・・」

と思いつつも、そんなに「かかあ天下」という語句を多用したことが無い上に
友人の
言うとおり、「かかあでんか」は「かかあ天下」よりも「カカア殿下という
どこぞの
殿下の名の読み仮名として採用される方が自然かも…と
友人の「カカア殿下」説を受け入れてしまい、また、自分でも自信が無かったため
反論することができなかった。

そんな思いも寄らぬ「カカア殿下」の誕生という山場を含め、大いに盛り上がった
友人との語らいを終え、家路に着いた私だったが、やはり「かかあ天下」の読み仮名に関しては
腑に落ちずにいた。

そこで、家に帰ってからさっそく「かかあ天下」を調べてみた。

辞書で調べたところ、「かかあ天下」の読みは「かかあでんか」と書いてあった

けれども、

「かかあてんかとも読むのかも・・・」

と思い、さらに調べたが、やはり「かかあ天下」「かかあでんか」としか読まないようだ。

これで、「かかあでんか」は「カカア殿下」の読み仮名だけではなく
「かかあ天下」の読み仮名でもあるということが判明したと同時に、
「かかあ天下」は「かかあてんか」とは読まない
ということがハッキリしたのである。

私はさっそく自分の汚名返上とばかりに、親友に連絡をしようとした。

しかし・・・、そこではたと思いとどまる私。


よくよく考えると、久しぶりに会ってとても楽しいひと時を共有し、

さきほど気持ちよく別れたばかりの大切な友人に、

「『かかあ天下』の読みは、「かかあてんか」ではなく「かかあでんか」だったよ。
すなわち『カカア殿下』ではなかったよ。そもそも『カカア殿下』なんて存在しないよ。」

と伝えることに何の意味があるのか。

そんなことをしたら、大好きな友人に多少なりとも恥をかかせることになる上に
そんな小さなことをいちいち根に持ち、わざわざ調べるという

行為をした挙げ句、さっき別れたばかりなのに
まるで揚げ足取りのように連絡してくるなんて、
私の人としての器の小ささを露呈してしまうだけではないか。

そんな思いから、私は友人に連絡するのをやめた。

大好きな友人に嫌な思いをさせた上に、私の株を下げてしまうのであれば、
私は自ら進んで、「カカア殿下」であろうと思った。

カカア殿下
として、オトン陛下を支え、さらなる国の繁栄に一肌脱いで

やろうじゃないの。

「かかあ天下」の一件で友情にヒビが入りそうになりつつも、
何とかそれを乗り越えた私に、またも葛藤をもたらす出来事があった。

ある時、また別の友人と話をしている時に、
「○○(店の名前)は有名人のゴヨウタツ(御用達)らしいよ!」
と友人が発言した。

私は心の中で、

「え!もしかしてゴヨウタシ(御用達)のこと!?
どうしよう・・・読み方間違えているよ。教えてあげた方がいいのかな・・・。
でも恥をかかせちゃうしな・・・。でも、他の場面で恥をかくより、今教えて
あげた方が親切だよね・・・。」

とまたもや、心は葛藤の嵐となった。

その場では結局彼女の誤りを指摘することはしなかったのだが、
後日、
「御用達」は「ゴヨウタシ」とも「ゴヨウタツ」とも読むことが

わかった。

友人は決して間違ってはいなかったのである。

私は、自身の無知を棚に上げた上での、自分への過信を大いに恥じ、
心の底から、あの日、あの時、友人に

「それ、『ゴヨウタツ』じゃなくて『ゴヨウタシ』っていうんだよ。」

なんて偉そうに苦言を呈するようなことをしなくて、本当に良かったと
思った。

また、その「御用達」という言葉の持つ本当の意味について。

私は普段から、某100円ショップチェーン店を

「私の御用達である」

と誇らしげに言い放っているが、
元々は

御用達ー宮中・官庁などに用品を納めること(出典:大辞泉)

という意味で使われる言葉で、

「宮内庁御用達」
「英国王室御用達」

という誠に気品溢れる表現として用いられるもののようである。

「御用達」という言葉は、私のような下流庶民に、やたらめったらに
「自分のお気に入り」を表す意味で使われてはならないのである。

いや・・・。待てよ。

ネクラなCAである傍ら、今やカカア殿下として陛下にお支えする身の私は、
「御用達」という言葉を躊躇無く使用することが許されるのではないか。

まぁ、「殿下の御用達」が「ダ○ソー」という名の100円ショップであったり、
「大○屋」という名の定食屋であるというのもいささか悲しい話ではあるが。

さて、そろそろ「小野マトペ」らをローマへ派遣するための準備を
始めるとしよう。

殿下は忙しいのである。

[ 我輩はカカア殿下である。 ]ネクラなCA2016/02/26 21:47