Chacoのインド紀行。前編

(↑インドはリシケシュの街にあるガンジス川ほとりのカフェにて、生フルーツジュースを飲むわたし。)

今思えば、なんとも贅沢な時間だったなと思うことがたくさんある。

そのひとつが、あの「ダライ・ラマ」の演説をひょんなことから聞いた時であろう。

その時、わたしたちは、インドの超弾丸バックパック旅行を敢行していた最中であった。

 

今から7年ほど前だろうか。

 

インドに行くきっかけとなったのは、航空会社勤務時代、仲の良い同期が、突然、

「わたしインドに呼ばれているの。」

と、キラキラした眼差しでわたしに訴えかけてきたことに端を発する。

 

その時のわたしと言えば、特段、というか、全くインドに行きたいとは思っておらず、加えて、インドに呼ばれている気配も全くなかったのであるが、目の前の「地球の歩き方インド」を握りしめている彼女には、しっかりと、呼ばれていることは認識できた。

 

当時、彼女は人生の転機を迎えていたので、「本当にインドに呼ばれているのかも」とその言葉を信じてしまうほどの説得力があったのは否めない。呼ばれているのであろうひとに、このように呼ばれているのだから、とどのつまり、わたしも間接的ながらもインドに呼ばれているのかもしれない。うん、そうだ。ワンクッション置きつつ、インドは私をも呼んでいるのだ、回りくどいぜインドよ、まったくと無理やり言い聞かせて、大して行きたくもなかったインドに一緒に行くはめになったわけである。

 

というか、彼女の無邪気な誘いには、いつも大抵その無邪気さに気圧されてNOを言えないわたしであるが、結果、楽しかったことがほとんどなので、この時も、きっとなんだか楽しいことになるだろう、という予感はあった。

 

そして、その予感は、良くも悪くも的中した。

 

そのインドのバックパック旅行をハイライトでお伝えすると、おなじみタージマハルまで行って世界一美しいシンメトリーに感嘆の声をもらしながらも、お決まりの遠近法を使いタージマハルの頂点をつまんでいるような罰当たりな写真を撮ってはしゃいだり。

デリーのバックパッカー街で宿を探す際、あるゲストハウスの部屋に入った途端にゴキブリを踏んでしまい、それまでのインドならではのカオスな経験も相まって「もうやだ帰りたい・・・」と絶望し、実際にわたしは帰りたいという胸中を告白したのだが、翌日に会ったドイツ人カップルにインドの素晴らしさを力説され、心機一転、やはりインドを楽しもうと決め、再出発を図ったり。

 

飛行機で「バラナシ」というヒンズー教最大の聖地まで飛び、狭い路地に寝そべる無数の野良犬ならぬ「野良牛」を起こさぬよう、横をおそるおそる通り過ぎたり。

 

ボートに乗ってガンジス川を渡りながら、言葉で言い表すことのできないほどに美しい朝日を目の当たりにしたり・・・でも、ここには、生活排水やひとびとの排泄物がうごめいているのだよな・・・と思ったらなんだか複雑な気持ちになったり・・・。

 

と、リシケシュに至るまで、直接的かつ間接的に呼ばれていたわたしたちは、旅行などという生ぬるい言葉では表現しきれないほどの、大いなる冒険を繰り広げてきた。

 

そして、バラナシから飛行機でニューデリーに戻ってきてから、さらにその後、ニューデリーよりタクシーを貸し切って北上し、約6時間ほどかかって、「リシケシュ」まで到着したのであった。

 

深夜にリシケシュに到着したわたしたち。インド人で、ヒンドゥー語しか話せないタクシードライバーの青年とともに、宿を探したのであるが、どこもいっぱいであった。

ヒンドゥー語しか話せないドライバーも、宿がどこも満室なことに焦ったのか、呼び出しを押しても応答のないとあるホテルの門を、その辺にあった大きめの岩を掴み上げ、なんと、「ガン!ガン!」と打ち付け始めたのだ。

ホテルの人間に気づかせようとしたのだろうが、あまりに乱暴かつ突発的な行動にわたしたちは驚いた。

きっと、ヒンドゥー語しか話せない彼は、わたしたちともうまくコミュニケーションが取れないため、どうしていいのかわからなかった苛立ちもあったのだろう。

そんなドライバーから繰り出される、門を乱暴に岩で打ち付ける「ガン!ガン!」という音が、夜のリシケシュの街に響きわたる。

そんな狂ったように門を打ち付けるドライバーを見て、なんて言ったらいいのかわからずにオロオロするわたし。

しかしながら、のちに判明したのだが、そんな彼をみてオロオロするわたしを、少し離れたところから、友人は眺めながら笑っていたようだ。

なんと、わたしをも笑いの対象にされてしまっていたのだ。

そういえば、わたしは普段からオロオロしがちな人生を歩んでいるが、一緒にいる友人もてっきりオロオロしているかと思いきや、離れたところでオロオロしているわたしを見てケラケラと笑っていることがよくある。

まったくもって失礼な話だ。

友人たるもの共にオロオロすべきであろう。

 

と、今さら当時の失礼極まりない友人の態度を思い出し、怒ってもしょうがない。

その時は、どうにか1部屋空き部屋のある宿をみつけて、わたしたちはリシケシュでの宿泊場所を確保することができた。

その宿の主人が言うには、今、ダライ・ラマがこの街に来ていて、彼に会おうと、各地からひとが押し寄せてきているため、町中のどの宿も満室なのだとのこと。

なるほど。あのダライ・ラマと同じタイミングでこの街にやってくるとは、やはり、インドに呼ばれている彼女と、その彼女に呼ばれたわたしの旅なだけある。面白いじゃないか。

とりあえず、その日は疲れたので眠ろうと、薄汚い部屋のベッドで、泥のように眠ったわたしたち。

そして、夜中に門を岩で打ち付け始めるほどに疲れていたであろうドライバーの彼は、車で寝ていたようだった。

 

次回へ続く。

[ Chacoのインド紀行。前編 ]オモシロ美人レポ2017/01/15 22:21