コミュニティひとり。

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ご機嫌麗しゅう。
オモシロ美人研究家Chacoである。

唐突だが、「劇団ひとり」という芸人がいる。

これといったキメのギャグ等はないが、ひとりで様々なキャラクターを演じ、一人芝居をする芸人だ。
シュールな芸風や、彼の持つそこはかとない情けない雰囲気が、わたしは好きだ。

しかしながら、一番好きなのは、その「劇団ひとり」という芸名である。

劇団ひとり。

劇団なのにひとりとはこれいかに。

わたしの記憶が正しければ、劇団とは複数名でもって演劇をする団体を表す名詞のはずである。
それなのに、彼は、「ひとり」と称する。

「劇団」+「ひとり」

こういった矛盾した、トリッキーな言葉の組み合わせは、わたしの大好物だ。

チームひとり。
団体ひとり。
軍団ひとり。
オーケストラひとり。
アンサンブルひとり。
円陣ひとり。
海賊ひとり。
学会ひとり。
サミットひとり。

「〜なのに、ひとり」という組み合わせを思い浮かべていると、「ひとり」という言葉の持つ存在感にハッとさせられる。

言うまでもなく、ひとはそもそも「ひとり」であり、そのひとりがたくさん集まって、団体となる。

団体が生まれると、わたしたちはその「団体」をひとつの「存在」と認識し、その存在は多くの「ひとり」によって構成されていることを忘れがちである。

そう。わたしたちは「ひとり」であり、むしろ「ひとり」以外の何物でもなく、ただひたすらに「ひとり」なのである。

正直申し上げて、わたしが現在まで未婚なのは、この「ひとり」の重要性を、我が身を差し出し、自己犠牲の精神でもって、世に訴え続けているからであるだが、悲しいかなこの事実はあまり認知されていないようだ。

ほら、わたしがひとりではなく、イケメンナイスガイとともに「ふたり」になってしまった暁には、諸君はこぞって、わたしの後を追い、ひとりをかなぐり捨て、無理にでもふたりになろうとすることだろう。

そうなってしまうと、「ひとり焼肉」や「ひとりカラオケ」、「ひとり結婚式」など、「おひとり様産業」が廃れていき、「斎藤一人」さんもなぜかとばっちりを受けたり、語感が同じということで「ニトリ」あたりも閑古鳥が鳴いてしまうはずだ。

わたしがひとりでなくなることで、思いもよらない経済のひずみを生み出してしまうことになりかねないので、世のマーケット注視しつつ、もう少しひとりであらねばならないと、投げやりな思いで、今ここに改めて誓いを立てたところだ。

モテないからだ、とか、頭おかしいからだ、とかわたしを影で中傷していた人物がいたら、お詫びとして、ハッキリと写った顔写真と、経歴がしっかり書かれた釣書をわたしのところまで直に持参するように。よいか!

ーーー

わたしたちの周りには、多くのコミュニティが存在する。

そして、わたしたちは「ひとり」でありながら様々なコミュニティにまたがって存在し、社会生活を営んでいる。

家族、地域、友人、会社、学校をはじめとして、趣味のサークル、学びの仲間、等々。

コミュニティに属することで、互いを助け合い、刺激を与えあい、情報や技術を共有しあい、楽しみや分かち合い、叱咤激励し合い、また時に、その関係性により不快な感情を味わったりもする。

ひとりでいる時よりも、コミュニティに属する間は、多くの情報に触れ、様々な感情を味わうこととなる。

コミュニティに属することによって、人生を彩り、ひとりではできない様々な経験をすることができる。

コミュニティでの交流は素晴らしい。

しかしながら、諸君よ。
きみたちは、実は、どのコミュニティよりも重要で、どのコミュニティよりも最優先にしなければならないコミュニティに自らが所属していることを忘れていやしないだろうか。

そう。
コミュニティひとり
である。

わたしたちは生まれた瞬間から、「コミュニティひとり」の一員で、それは生涯を終えるまで続くのだ。

コミュニティひとりの規律はなかなか厳しいものがある。

まずは、リーダーである「自分」に絶対服従しなければならない。
リーダーが「黒」と言えばどんな「白」も「黒」となり、そこには常識や善悪は通用しない。
理不尽極まりないまさに奴隷的関係が存在する。
リーダーの言うことが絶対だ。

そして、常にリーダー自分のご機嫌取りをしなければならない。
リーダーが「行きたい」と言ったら、たとえお金がなくても、時間がなくても、どうにかそれらを捻出して、リーダーをその場に連れて行かなければリーダーは、不貞腐れてしまう。

もし、リーダーの考えを無視して、他のひとの考えに同調したり、他のひとのご機嫌取りをしようものなら、そら恐ろしい。
リーダーは陰険でなので、口には出さないが、気付かない程度に身体をいためつけてきたり、嫌味の言葉を耳元でささやき続けたりする。

もしくは、リーダーは子供のようにすぐ拗ねてしまうので、だんまりを決めて、本当は怒っていたり、悲しんでいたりするのに、それを胸のうちに秘め、こちらに気付かせないようにしたりするのだ。

そしていつの日にか爆発するのである。

まことに厄介で、扱いづらく、面倒臭いのが、そう、リーダー自分である。
「こんな彼女は絶対嫌だ」と、今、男性諸君は感じたであろうが、実は、彼女云々の前に、コミュニティひとりにおいて、こんなに理不尽なリーダーに諸君は服従しなければならないわけで、彼女のわがままに付き合うなど、赤子の手をひねるように簡単なはずだ。もう金輪際、俺の彼女はわがままで…なんて漏らすのではないぞ。良いか!

そして、このコミュニティ自分に属していることを忘れてしまうのは、実は、良いコミュニティに属している時ほど、起こりやすい。

そのコミュニティが素晴らしく、属するひとのことが好きで、尊敬していたり、ずっと一緒にいたいと思ってしまったり、このひとに着いていきたいと思うようなリーダーがいる場合に、往々にして、コミュニティひとりの存在が忘れられ、リーダー自分がないがしろにされてしまう傾向にあるのだ。

嫌いなひとたちに囲まれていたり、好きになれないコミュニティに属している時は、意外とコミュニティ自分が確立されて、リーダー自分の気持ちに敏感に察知できたりするのだが、良いコミュニティであればあるほど、そのコミュニティを優先し、リーダー自分の言うことに気がつかなかったり、あえた無視してしまったりするのは皮肉な話である。

好きだし、良い人たちだから、自分でも気がつかないところで、無理をしたり、そのひとたちのために頑張り過ぎてしまったり、自分の欲求を後回しにしてしまったりする。

素晴らしい人たちに囲まれることで、自分の不甲斐なさを実感し、自分を卑下してしまったりする。

周りが頑張っているのだから自分もコミュニティをより素晴らしいものにしなければ、と必要以上に、踏ん張ってしまったりする。

もし、あなたが、人間関係に恵まれ、素晴らしいコミュニティに属しているのであれば、おめでとう。
そのコミュニティはあなたを大きく成長させ、楽しい時間を与えてくれるだろう。
この上なく幸せなことである。

しかしながら、そういうひとこそ、コミュニティ自分への参加頻度が落ちていないかどうか、それによって、リーダー自分が不機嫌になっていないかどうかを今一度確認してみてほしい。

コミュニティ自分は体育会系で、名門野球部の上下関係並みに、絶対的な上下関係が存在する。
リーダーは、思いがコロコロ変わるので、鬼監督の千本ノックぐらいに、くらいついていくのが精一杯だ。

リーダー自分が休みたいと言ったら、他の誘いを断り、休ませなければいけないし、他人からの言動にリーダーが混乱したり、傷ついたりした時は、必死で励まし、「そのままでいいんだよ」と慰め続けなければならない。

本当、コミュニティ自分での活動は大変だ。

しかしながら、コミュニティひとりに顔を出し続け、リーダー自分に気に入られると、リーダーの本当の気持ちが読めてくるようになってくるのだ。一見整合性がなく、理不尽極まりないと思っていたリーダーの感情にも、実は規則性があり、リーダーの好き嫌い、快不快、得手不得手が手にとるようにわかってくる。ここまできたらしめたもんだ。

そうなると、いつの間にか、リーダーと自分が融合し、どんなコミュニティに属していたとしても、自分自身が「コミュニティひとり」にどっしりと根をおろした状態でいられるので、どのような状況でも「コミュニティひとり」を最優先できるようになる。ひいては、体や心に無理を生じさせることなく、より、様々なコミュニティでの交流を楽しむことができ、存在感を示すことができるようにもなる。

というわけで、コミュニティブームの昨今、多くのコミュニティに属し、多種多様な価値観に触れることは、人間性をより豊かにし、多くの選択肢を得ることができる素晴らしいことである。

そのような時代だからこそ、きちんと「コミュニティ自分」を確立し、「リーダー自分」への絶対的な服従精神と、変わらぬ愛を持ち続けることができれば、いっそう、コミュニティから受ける恩恵も大きくなるだろう。

また自分がコミュニティ与えられる価値も大きなものとなるはずだ。

かくいうわたしは今日も、「コミュニティひとり」の活動中である。
というか、たいてい「コミュニティひとり」に顔を出している。
皆勤賞なみだ。

ただ、今までは、リーダーの言う事を無視したり、リーダーのいう事をいちいち疑ったりしてきたので、不仲だったのが、ここ最近、急接近である。

最近は、リーダーの本当の気持ちを汲む事ができるようになってきたので、食や健康にも気をつけ始めた。
早くリーダー自分と、他が羨むほどの相思相愛の仲になりたいものだ。

そして、「もう、わたしには自分さえいれば誰もいらないわ」という気持ちになり、ひとりカラオケや、ひとり焼肉を楽しみ始めるかもしれない。

挙句に、おひとり様結婚式を挙げることになった暁には、諸君にぜひ参列してもらい、恍惚としたわたしの晴れ姿に、憐れみとおかしみの相まった複雑な涙を流しながら、これ以上ない賛辞の拍手でわたしの未来を祝福してほしいと願う。

◉オモシロ美人の今日のコトバ◉
「コミュニティ自分」は皆勤賞を目指し、リーダー自分と仲良くなれ。

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[ コミュニティひとり。 ]オモシロ美人ブランディング。,未分類2016/06/11 12:17