わたしはチャーハン娘。

最近、食には少し気を遣ってるのですが、無性に、ラーメン屋さんのあの、化学調味料がたっぷり入ってるのだろうなぁと思うチャーハンを食べたくなります。そして、実際食べる。

わたしにとって、チャーハンは、小学校の頃の、土曜のお昼の味。

半ドンで帰ってきて、お昼に食べる母が作ってくれるネギと、玉子と、ハムのシンプルチャーハン。あるいは、近所のラーメン屋さんに行って、頬張った化学調味料たっぷりのチャーハン。笑

(今は完全週休二日だけれど、わたしが小学生の頃は、土曜日は登校。途中から、第二、第四土曜日が休みになったのだっけ。)

そんなわたし、小さい頃からチャーハンが好きで、家ではなぜか「チャーハン娘」と呼ばれていました。

家族で中華料理を食べに行くと、少しおとぼけなわたしの祖母が店員さんに「この子、チャーハン娘なんですよ。チャーハンはあるかしら。」といらぬ枕詞とともに店員さんにたずね、唐突に我が家のチャーハン娘を紹介をされてしまった店員さんの動揺を幾度も目撃してきた。

チャーハンはいつもわたしと共にいた。

そんな叔母であるわたしのチャーハン好き遺伝子はしっかりと受け継がれ、今では、一番上の甥っ子がチャーハン息子の異名をとるほどの、立派なチャーハン好きに成長したのは、チャーハン娘こと叔母のわたしとしては誇りです。

なんだろうなぁ。

もちろんさ、化学調味料は身体には良くないし、様々な有害とされているものって、この世にはあるのだけど、化学調味料たっぷりのチャーハンを頬張るたびにこみ上げる、あの、心が浮き立つような晴れ渡った土曜の午後の景色が好きなのだよなぁ。

なぜか、必ず、思い出すのは晴れた土曜日なのだよなぁ。

食べ物って、味覚、嗅覚、栄養、有害無害、それだけでは語り尽くせぬ、そのひとそれぞれの「味わい」があって。

しかも、無意識に、咀嚼のたびにそれを味わってたりして。

その思い出と共に、実は、その食べ物を好んでるってこと、ある。ふと耳にした曲とともに、その時のせつない恋愛の記憶が蘇るのと同じ感じで。

もし、体質が改善され、化学調味料を身体が受け付けなくなったら、あのラーメン屋さんのチャーハンを食べられないのかぁと、少し、寂しくなる。

あの、明日は休みだ!っていう、土曜午後の晴れ渡った景色を思い出すことがなくなるのかなって。そのトリガーがなくなっちゃうから。

食に限らず、人に対して、または、さまざまな事象に対して、良い悪い、好き嫌い、だけで片付けずに、豊かな奥行きを感じながら、味わっていきたいものです。

そんなことを、「化学調味料たっぷりのチャーハン」とともに、思いました。

とりとめもない独り言でしたʕ•ᴥ•ʔ
ちゃんちゃん。

↓写真は、タコライスを頬張るわたし。
チャーハンじゃないのかい。

[ わたしはチャーハン娘。 ]ひとりごと。2017/01/18 21:28