「大好き」は生きる源。

phonto-2
ご機嫌麗しゅう。
Chacoである。
で、あるからして!

いつも唐突で恐縮だが
わたしはスタバが大好きだ。
今も近所のスタバでこのブログを書いて…
おっと、失敬。
来年アンチグア・バーブーダ国において開催される
オモシロ美人学会へ向けて、論文を執筆中である。
「氷河期におけるオモシロ美人の進化」という題で。

非常に繊細な内容となるので、息抜きもかねて
カフェミスト(トール)とチョコレートチャンクスコーン
(生クリーム付き)をお供に。注:夕食後

それにしても1年を通じてどれだけスタバに貢いでいるだろう。
まるでホスト通いをする熟女にでもなった気分だ。
まさにわたしにとってスターバックスとは
「星亜 漠洲」という源氏名の人気No1ホストである。

彼の元に毎日のように通い続け
とうとうすっからかんになって路頭に迷ったわたしは
助けを求めてあなたの家のドアを涙に濡れながら叩くかもしれない。
その時は、どうか何も聞かずに家に泊めて欲しい。

ただひとつだけお願いがある。
温かいコーヒーだけは出さないで。
なぜなら、香ばしい彼の温もりを思い出してしまうから…。

それにしてもどうしてわたしはこんなにも
スタバに通ってしまうのだろう。
ちょっとした中毒である。
「スターバックスばかり」に通う「スタバ馬鹿」
であるわたしは、人呼んで「スタバカ」であると
ごく近しい人間に触れ回っているが
イマイチ浸透せず、人々はちっとも呼んでくれない。

スタバカの会を結成して
世界的な組織までに成長させて
名誉会長に就任し
アンチグア・バーブーダ国に銅像を作らせるのが
わたしの夢である。
アンチグア・バーブーダ国に何の縁もゆかりもないわたしの銅像に
現地のひとは「こいつ誰だ」と首をかしげるだろうが
好きなだけかしげさせておけばよい。
それほどまでにわたしはスタバに首ったけなのだ(強引)。

諸君は、スタバカのわたしのように
何故かうまく説明できないけれど
「好き!」と思うもの
何故かわからないけれど惹かれるもの
はあるだろうか。

わたしはとある歌い手のことを20年以上お慕い申しておるのだが
「どうしてお主はそんなにも彼を愛づるのぢゃ」
と尋ねられたとしても、20年以上も慕っておきながら理由を上手く説明できないのぢゃ。

「あの熱い歌声が」
とか、
「類稀ない才能が」
とか、
「あの目がなくなる笑顔が」
とか、
「ハスキーな話し声が」
とか、
もうもう、溢れんばかりに
きゃーーーーってなぐらいに「魅力を感じるところ」
が口からとめどなくこぼれてくるのだが
それでも、彼を想う時の自分の心にじんわりと
こみ上げるこの「感覚」は、この私の言語能力をもってしても
一生、言葉で的確に説明できない自信があるのだ。

頑張って説明を試みようとしても
「横隔膜のあたりにじわじわきて、なんだが熱いものが
ずんずんと上に上がってきて胸のあたりがもぞもぞして…
最後どぅーーーん!ってなって…」
と、わたしの知っている限りの『オノマトペ』を駆使しても、
どうやったって、この気持ちは説明できない上に
しまいにはまさかの村上ショージへと変貌を遂げてしまうのである。
彼への想いを表現する際にはTPOをわきまえなければならない。

そしてあの西野カナですら、震えるほどに歌詞にできないであろう。

ついでに言ってしまうと、このブログにも使われている俗にいう
「ティファニーブルー」カラーコード「♯A1EEDA1」という色もこよなく愛している。
何故か見ると癒されるので、ついついその色のものを集めてしまう。

このティファニーブルーであるが、「ロビンスエッグブルー」
と呼ばれているらしく、ロビンとはイギリスの国鳥で「コマドリ」のことを指すらしい。

とても素敵なエピソードであると感銘を受け、ぜひその卵を見てみたいと
インターナショナルなネットワーク(略してインターネット)によって
検索をしてみたところ、これがなかなかどうして気持ちが悪い。
まさにあのブルーの卵が巣にゴロゴロしている様を見て
わたしがブルーになってしまったという顛末である。


ここでわたしの師と仰ぐひとの言葉を紹介しよう。

分が素晴らしいと思うひと、自分が好きで
評価しているひとというのは、自分の中に
そのひとの要素があるからその人が素晴らしいと感じるのである。
同じものをもっているからこそ、そのひとの価値を感じられるし
そこに魅力を感じることができるのだ。
芸術に疎い人間が、価値のある美術品を見て
果たしてその価値がわかるだろうか。
センスがあるひとじゃないと
その魅力を見出し、味わうことができないだろう。

そう。
自分が誰かに、そして何かに魅力を感じる時
同時にその対象と同じ性質をあなたは持っていることを意味するのだ。

だから惹かれるし、共鳴するのである。

もしかしたら、それは可視化できないものかもしれない。
しかしながら、目に見えない細胞レベルでしっかりと反応しているのである。

そう思ったらとても嬉しくないだろうか。
とても心強く思えないだろうか。
あなたの愛する、尊敬する、大好きなあの人と
あなたは見えないところでしっかりと繋がっているのだから。

というわけで
自分ではうまく言語化できないほどの「好き」は
あなたを形作り、彩るものなのである。
だから、「大好き!」と思うひと・ものがあれば
誰にどう思われようと「大好き!」と公言しよう。
自信を持ってその「大好き!」を貫こう。
どうして好きなのかを聞かれても
「好きなものは好きなんだ!野暮なこと聞くでねぇ!バッキャロー!」
と逆ギレの上豪語しよう。

何故なら
「言語化できないほどに」何かを愛することは

他でもないあなたを「愛する」ことなのである。

となると、わたしの好きな「ティファニーブルー」は
「ロビンスエッグブルー」という名であり
それはコマドリの卵の色を指しているから
酉年生まれであるわたしの中に息づく
「鳥精神」が共鳴しているというのか。
なんと遠回りな。

卵を見て気持ち悪いと感じたが
「いやよいやよも好きのうち」というわけか。

おっと、わたしの愛しい星亜漠洲もそろそろ閉店だ。
家路に着くとしよう。

明日もまた来るからね♡ムフフ♡

◉オモシロ美人の今日のコトバ◉
言語化できないほどの「好き」は宝物である。

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