CHOICEの苦楽。

こんばんは。
Chacoです。
 
今日は、「選択」について。

人生には選択がつきものである。
人生というよりも、日常において、わたしたちは刻刻と選択を迫られながら生きている。

それを「選択」と認識するほどでもないと認識しているもの(ややこしい)を含めたら、10秒おきぐらいにわたしたちは知らずのうちに選択して生きていると言えるかもしれない。

例えば、さきほど洗い物をしている時に、洗剤をスポンジに2プッシュしたのだが、考えてみれば、「1プッシュ」でエコに済ませることを捨て、「3プッシュ」して、スポンジを泡でもくもくとさせることでの快適な皿洗いを「捨て」、わたしは「2プッシュ」を【選択】したということだ。

意識しているしていないにかかわらず、好むと好まざるとにかかわらず、わたしたちは、常に選択をし、選んだ選択肢以外を捨てて生きている。

「選択」といえば、英語で、「choice」。

「choice」といえば、みんなおなじみ森永のビスケット「CHOICE」であろう。

なんともウキウキするような黄色いパッケージで、四角のビスケットの真ん中には「CHOICE」と書かれている。

それにしても、よく考えたらすごい名前だ。

CHOICE=選べ

命令形である。

スーパーの陳列棚の前を歩く買い物客に、

「問答無用!わたしを選べ!」

と言っているのだ。

「Please choice me〜❤︎」

など、Pleaseという副詞を添えて

「ねぇ〜わたしを選んでぇ〜うふん❤︎」

と言わんばかりに、くねくねさせながら相手にすがっているわけではない。

「マリーでも、ムーンライトでも、チョコチップクッキーでもなく、このあたしを選びなさい!!選ばないと承知しないわよ」

と、女王様のごとく、買い物客に自分を選ぶことを強要しているというわけだ。

CHOICE、すごい自信である。

いささか、マリーやムーンライトらの仲間達から、その負けん気の強さゆえ、疎まれていやしないか心配になる。

「CHOICEさ〜、男達から「CHOICEさんチョーイッス!」とか言われてちやほやされて、あいつ最近天狗になってない?」

などと陰口を叩かれているのではなかろうか。

だって、パッケージだけではなく、ビスケットそのものにも、「CHOICE」と書かれているほどだ。

・・・そうか。CHOICE。安心してほしい。わたしはきみを「Choice」したから、今きみを手にとっているのだから。

だから、自らの体にもう「CHOICE」の文字を刻みこむようなことをして、自らの身体を傷つける必要はない。

自らの身体にまで「CHOICE」を刻み込みCHOICE。

実は、自信満々に見えて、常に「選ばれるか否か」を不安に感じているのかもしれない。

マリー達に嫌われても貫くその強気で高飛車な態度は、不安の裏返しなのかもしれない。

だからこそ、パッケージにとどまらず、すでに彼女を選んだひとにまで、「CHOICE!」という言葉を投げかけて、「どうか・・・CHOICEを捨てないで!」と訴えかけているのかもしれない。

というわけで、みなさんも、スーパーの陳列棚でCHOICEを見掛けたら、

「なんだよ。唐突にCHOICEって。えらそうに。」

などと思わずに、そんなCHOICEの強気な態度は不安の裏返しで、実は小心者の可愛いやつであることをどうか思い出し、CHOICEをチョイスしてあげてほしい。

というわけで、CHOICEについて熱く語っていたら、本題に入る前に、眠たくなってしまいました。
今日は寝ます。

どうか明日もわたしのブログをCHOICEしてください。

おやすみなさーい。

[ CHOICEの苦楽。 ]オモシロ美人のよもやま話2016/10/22 01:59