豚まんとわたし。


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ご機嫌麗しゅう。

オモシロ美人研究家Chacoである。

ここ最近のわたしの朝食は、
もっぱら「豚まん」と「コーヒー」だ。

某コンビニエンスストアの「特製豚まん」は、まるで中華街で食べる
豚まんを思わせるほどに美味であり、わたしの最近の一押しなのである。

うむ。わかっておる。みなまで言うな。
諸君が、わたしの冒頭の発言に対して、軽いとまどいを覚えているのはちゃんとわかっておる。

ひとつづつ整理していこう。

まず、「豚まん」と「コーヒー」の取り合わせについてである。

「パンとコーヒー」でもなく、「おにぎりとお茶」でもなく、
「豚まんとコーヒー」である。


確かに、あまり聞きなれないペアかもしれない。

しかしながら、このチョイスについて諸君にいちゃもんをつけられる筋合いはない。

なぜなら、わたしが、
「豚まんに合うのはやっぱりコーヒーだよね!」と、
「豚まん」に合う飲み物として「コーヒー」を選び、
「豚まんとコーヒーのマリアージュ」を堪能しようとしているわけではないからである。

食物に合う飲み物を飲まなければならないなんて誰が決めたのだ。

わたしは、各々の部門にノミネートされている候補者たちから、
固形物部門では「豚まん」を、流動物部門としては「コーヒー」を、
審査員長として、厳選に厳選を重ねた上で選出し、毎朝それらに
「最優秀朝食で賞」を授与しているわけである。

なお、時々、固形物部門では、「ドーナツ」が最優秀固形物賞を受賞する。

ほぼ、毎日のように、豚まんが大女優の風格でもって
「最優秀固形物賞」をかっさらっていくので、
「今日もどうせ豚まんでしょ」と半ばあきらめていた「ドーナツ」が
自身の名前を呼ばれると、椅子に座りながら、まさかの受賞に呆然とし、
「オーマイガ…」と大口を開けて、右手を額に当て、目からは涙が溢れてきて
まわりの共演者たちから、「コングラッチュレイション!!」などと
熱いハグを受けるのである。

トロフィーを持って、スピーチをする彼女の声は感激に震え、
「この賞を受賞できたのも、日本におけるドーナツの地位を確たるものとしてくれた
友人のミスタードーナツのおかげである」という旨を毎回話し、謙虚な態度で受賞の喜びを
報告する姿は、毎回感動を覚える。

さらに日本からも、時々、「おにぎり」が受賞する。
「おにぎりの宅急便」や、「となりのおにぎり」を始め、優秀な作品が
賞を受賞してきたが、やはりわたしは「天空の城おにぎり」が一番お気に入りだ。

以上のような流れで、わたしはほぼ冬の期間は「豚まん」と「コーヒー」を
選んできたわけである。

それでは続いて、「朝から豚まんを食す」という事実についてである。

この際なので、はっきり言っておくが、
わたしは時間帯によって
食べ物を差別する人間を差別している。

「朝だから、軽めに、ヨーグルトとグラノーラで」とか。
「昼だから、カロリー気にせず、天丼で」とか。
「夜だから、控えめに、焼き魚とおひたしで」とか。

食べ物たちは、まさか自分が、好みだけではなく、「時間帯」によって
選別されているなんて知ったらどう思うか。考えてもみてほしい。

「わたしは、所詮、夜だけの女なのね…。」
「あの人は、いつも昼間しか会ってくれない…。まさか!他に本命がいる!?」

そんな風に、いつも特定の時間帯にしかあなたが選んでくれない食物たちは
あなたを疑い、自信をなくし、心を痛めることだろう。

傷んだ食物たちは不貞腐れ、あなたの胃の中で「消化不良」となることだろう。
盗んだバイクで走り出したり、学校の窓ガラスを割ったり、屋上でタバコを吸ったり
トイレに、「アケミ命」とか「夜露死苦」などと落書きをするかもしれない。

だから、食べ物を時間帯で選んではいけないのである。
食べ物を傷めたら、文字通り、痛い目にあうわけだ。

わたしなんて、大学生の時分、朝から前日の残りのぎょうざと白飯を頬張っていたら
「ぎょ、ぎょうざ!?」と、朝からぎょうざを食す義理の妹に対し
同居の義理兄より、ぎょっとされた過去を持つ。

余談だが、わたしはぎょうざも大好物である。
ぎょうざそのものもさることながら、ぎょうざを酢醤油につけて、それをご飯にワンバウンドさせて、
ぎょうざを口に放り込む。
その後、酢醤油の酸味と、ぎょうざの油が染みた白ご飯をほくほくと頬張るのが
何物にも代えがたい至福である。

というわけで、無差別主義者のわたしは、豚まんを朝から食すことになんら
抵抗はなく、むしろ、誇りを持って、豚まんを咀嚼し、コーヒーで流し込んでいるのである。

そして、最後に、30代の嫁入り前、微妙なお年頃の女性が
不特定多数のひとびとが往来し、世界中に
縦横無尽に張り巡らされているインターネットという網路において
「豚まんが好きで、朝から食べている!!」
と、堂々と発表する意味についてである。

豚まんは「豚まんじゅう」の略であると考えられる。

「豚肉」+「まんじゅう」である。

各々の単語が、お年頃の女性が持ち合わせていると好ましい
「清楚さ」、「可愛らしさ」、「知性」などといったものに
誠に残念ながらかすりもしていないのは、明白である。

肉において言うならば、やはり「鶏肉」が一番スタイリッシュな気がするのである。

「鶏のささみが好き」なんていうセリフを、豚バラ好きなわたしは一度でいいから
言ってみたいものだ。

女性らしさ→鶏ささみ>鶏ムネ肉>牛ロース>豚コマ>豚バラ

といったところであろうか。

また、「まんじゅう」というのも、どうにも古臭さを感じてしまう。
江戸時代に作られた「まんじゅうこわい」という噺もあるほどだ。

「ベーグル」や、「ワッフル」などから受ける、女子の素敵な朝食を彩る
洒落た雰囲気などはまるで感じられない、圧倒的なおばあちゃん臭を漂わせている。

そんな「豚」と「まんじゅう」の最強タッグである「豚まん」について
今日のこの日、世界で一番語っているのはこの私であると自負している。

わたしが、こんなに豚まんに絡めたよもやま話をえんえんと語ることができるのも

最近、自分のことが好きになってきたからかもしれない。

豚まんを好み、それを朝から食す自分を認め、そんな豚まんとの関わり方を
このように執念深くひとに発信しても、

「そんなわたしを受け入れてくれるひとがいる」と思えるようになったからかもしれない。

いや、受け入れてもらえないひともいるだろうけれど、それでもいいか、と

思えるようになってきたからかもしれない。


今までは、特に男性を前にすると、取り繕って、清楚然であろうとした自分がいた。

それでも、自分が三枚目であることや、お笑いなどの面白いことやくだらないことが大好きで、
男性が好むB級グルメが好きという、あまり女性らしいとは言えない性質を持っていて
むしろ、そちらが自分のメインの性質であることは気がついていた。

だから、そんな自分のことも知ってもらいたいという願いを常に抱いていたが、
そんな自分をなかなか相手にさらけ出せずに悶々としていた。

時に、勇気を出してそういった一面も、恐れながら小出しにしてみたものの、
相手の反応次第ですぐに引っ込めてしまうのであった。

好かれよう好かれようと、相手が好むであろう女性像を演じてきたのである。


そんなわたしが、このように、意を決して、自分が好きなスタイルでブログを

通して自己表現を始めたことで、多くのひとから、好意的な反応をもらえて、
「安心」することができたのである。

こんなわたしでも世界は受け入れてくれるのだ、と。

一番最初の投稿をFacebookでシェアする時は、
「もう、一巻の終わりだ。変態だと嫌われる。」

と、3時間程、投稿ボタンを押せなかったものだ。

それでも、わたしには、自分自身をあますことなく表現せずに生きていくことが

もはや限界の状態だったのだろう。思い切って投稿したまでである。

それが今や、書き終わったら何時であろうとすぐにでも投稿して、みんなに読んでもらいたい
と思うようになった。自分の中の驚くべき変化である。


というわけで、なかなか自分をさらけ出すことができないひとも、ぜひ、思い切って

自分に合った方法で、少しづつでも良いから自己開示してみることをおすすめする。

世界は思った以上に自分に優しいということに気がつくだろう。

そして、その安心感は、さらに自分らしくいられるよう
あなたを手助けをしてくれるはずだ。


まだまだわたしは、実験中の身であるが、この安心感がどんどん膨れていくと

どんどん、未知のものへの怖れがなくなっていくのではないか、と予想している。
また、そうなればいいな、と期待しているし、そうなるだろう、と半ば確信している次第である。

きっと、みんなが、本当のあなたのことをもっと知りたいと思っていて、
そんなあなたのことをもっと好きになりたいと思っている。

そして何より、あなた自身が、あなたらしくいられる自分を、
誰よりも愛したいと願っているはずである。


というわけで、自分を好きになるための自己開示、おすすめである。


もうひとつのわたしのおすすめ、セブンイレブンの豚まんだが、

あろうことか、肉まん類は3月いっぱいで終了となったことを今日、
4月1日に知り、どうか、セブンイレブンによるおおがかりなエイプリールフールの嘘で
あってほしいと願う
金曜の夜である。

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[ 豚まんとわたし。 ]オモシロ美人ブランディング。2016/04/01 23:49