バカボンのパパの名言に見る幸せの在り方②。

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ご機嫌麗しゅうなのだ。
わしはオモシロ美人研究家Chacoなのだ。
馬鹿は死んでも馬鹿なのだ!

馬鹿と言ったのはどこのどいつだドイツ人!
それはおらんだオランダ人!

今回も御多分にもれず昭和感だだ漏れでお送りしてまいりたいと思う。

さて、前回はわたしの人生の師
「バカボンのパパ」について簡単に

紹介をさせていただいたのは
覚えているだろうか。↓↓

バカボンのパパの名言に見る幸せの在り方。


今回は、そう。みな待望の
「バカボンの名言に見る幸せの在り方。」第二弾である。

万にひとつ、誰も待ち望んでいないという事実が判明した暁には
小一時間ほど苦虫をかみつぶしたような顔をして
「ちぇっ」と言いながら街を徘徊し
道端の空き缶を蹴ったら
「バカヤロウ!あぶねーじゃねえか!」
と店じまい中の精肉店の主人に怒鳴られ
途方に暮れて公園の滑り台の上で
両頬杖をついて夜空にため息をもらしたのち
仕方なく誰もいない真っ暗な家に帰り
PCの電源を入れようと思うわけである。

だから、どうかひとりでも
待望していてほしいと願う今日この頃だ。

というわけで
今回はとうとう我が偉大なる師
「バカボンのパパ」の名言に隠された
我々人間の幸せの在り方について
紐解いて参りたいと思う。

まずはこの至極の名言を読んでほしい。

わしはバカボンのパパなのだ!
この世はむずかしいのだ!
わしの思うようにはならないのだ!
でも、わしは大丈夫なのだ!
わしは、いつでもわしなので大丈夫なのだ!
これでいいのだと言っているから大丈夫なのだ!
あなたもそれでいいのだ!
それでいいのだ!それでいいのだ!
わしはリタイヤしたのだ!すべての心配からリタイヤしたのだ!!
だからわしは疲れないのだ!
どうだこれでいいのだ!
これでいいのだ!やっぱりこれでいいのだ!
ママがいるからパパなのだ!
ハラペコだけどシアワセなのだ!
リコウよりバカが英雄なのだ!
子どもをいつまでも親のものにしておくのは間違いなのだ!
これが人間界の摂理なのだ!!
忘れようと思っても思い出せないのだ!
わしはみんなのしあわせを願っているのだ!
反対の賛成なのだ!
馬鹿は死んでも馬鹿なのだ!

引用元:http://venusnoshizuku.soreccha.jp/e299617.html ヴィーナスの雫

これを読んでいただいただけで
この人物のあまりの達観ぶりに
脳天が揺さぶられたのではないか。

私は毎度のことながらこの名言に触れた後は
折り詰め寿しを手に、千鳥足で
ネクタイを頭に巻きつけて
ふらふらと家路に着くサラリーマンのごとく
くらくらになるほどである。
(昭和が過ぎてご免)


まず。冒頭の一節。

『わしはバカボンのパパなのだ!』
についてであるが
ここがわたしは一番の肝であると考える。


わたしが手当たり次第に当たった

バカボンのパパに関する資料および文献には
バカボンのパパの名前を見つけることが
できなかった。

バカボンのパパの公式サイトによれば
「好きな名前で呼んでいいのだ」
とおっしゃっている。

この一言をわたしなりに解釈すると

わしはバカボンのパパなのだ。
わしはバカボンのパパで
わしはハジメのパパで
わしはレレレのおじさんの隣人なのだ。
だからバカボンのパパには名前
なんて必要ないのだ。
みんながいるからパパなのだ。
だから名前なんて必要ないのだ。
(Chacoによるパパ調の解説)

バカボンのパパが名を名乗らないのも
人間は相対的な生き物であり
他人の存在によってのみ現実世界に
初めて定義づけられ、存在するから。

人間なんてそんなもの。
個人なんてそんなもの。

だから、どんなに偉い人だって
お金のない人だって
賢い人だって
みんな仲良くすればよい。
あなたがいるからわたしであって
わたしがいるからあなたなのだから。


わたしは冒頭の一節から
このようなバカボンのパパの思いを

汲み取ったのであった。

人間なんてちっぽけ。

わたしもあなたもちっぽけ。
だからこそ人間は支え合って
慈しみあって生きてゆくのだ、と。
ちっぽけだから素晴らしいのだ、と。

そして、冒頭の一言に付随して
途中に表れる
「ママがいるからパパなのだ!」
の一節には、上記のような思いとともに
バカ田大学在学中に高嶺の花として
憧れ続けてようやく振り向かせた
心優しきママへの深い愛情と感謝
そして尊敬の念も感じられる。

たったシンプルな一言であるが
心温まる一言である。


そして、以下の言葉について。

「この世はむずかしいのだ!
わしの思うようにはならないのだ!
でも、わしは大丈夫なのだ!
わしは、いつでもわしなので
大丈夫なのだ!
これでいいのだと言っているから
大丈夫なのだ!
あなたもそれでいいのだ!
それでいいのだ!
それでいいのだ!」

こちらについてはなんら説明不要であろう。

良いこと悪いこと。
理不尽なこと幸運なこと。

めまぐるしく目の前に様々な
出来事が巻き起こる。

しかしながらそのような「出来事」や

自分をとりまく「環境」に
過度に反応し左右されることなく
常に「自分」を中心に据えろ。と。

たとえどんな苦境に立たされても
いつでも自分に立ち還り
「大丈夫だ」と言い続けろ。と。

そしてあなたの大切なあのひとにも
「あなたはあなたのままで大丈夫だ」
ということを気づかせてあげよう。と。

そこに根拠はない。

「わたしはわたしだから、
あなたはあなただから大丈夫なのだ」と。

自分自信を愛すること。
自分を信じること。
そして自分自身や環境を常に「俯瞰」
することの大切さを身にしみて
痛感させられる
メッセージである。

…と、ここで、残念なお知らせである。

なんと、バカボンのパパという人物
そしてその至極の名言が奥深すぎて
到底2回の講義ではその全貌を
伝えることができないと判明した。

決してわたしが入眠の時間を迎えたからではなく
これから入浴の儀が執り行われるからでも断じてない。

疲労困憊の諸君のためを思ってのことである。

番組中の良いところでCMを入れるというテレビ局の
姑息な手段に似たものを感じるかもしれないが
どうか、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも
受け流して頂けると幸いである。

それでは次回、クライマックスを乞うご期待!!

あれ?
おいかりですかー?レレレのレー

img_0                           引用元 http://matome.naver.jp/odai/2142804270743090501

 

[ バカボンのパパの名言に見る幸せの在り方②。 ]オモシロ美人哲学。, 2016/02/22 23:54