飽きっぽいは最強の強み

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ご機嫌麗しゅう。
Chacoなのだ。
それでいいのだ。

諸君は、このわたしを「おもしろ美人メソッド研究の第一人者」
としてさぞ完璧な人間だと感じていると思う。

それも仕方ない。
そう思わせてしまう、どうやっても完璧さを漂わせる
わたしの佇まいこそが罪なのだ。
諸君は悪くないのだ。全てはわたしが悪いのである。

しかしながら、今回は諸君を励ますために
あえてわたしの弱点をさらしてみよう。
第一人者のわたしに親近感を持つことで
「わたしにもできるかも」という自信を得、
より一層日々の努力に励んでもらいたいと思っている。

唐突だがわたしは、
飽きっぽい。
物事が長続きしない。
色々なものに手をだす
といった性質がある。

今まで興味の赴くままに挑戦したものを思い出せるままに
あげてみると、
カメラ
ボイストレーニング
陶芸
アナウンス講座
ヨガ
キャンドル作り
料理
DIY
ブログ
英語学習
発行食品作り
パワースポット巡り
…etc

海馬の働きが比較的劣っているわたしは
そのほかにも多くのものに挑戦しているはずだが
それを思い出せない。
飽きっぽい上に、忘れっぽいとは、救いようがない。
こんなわたしをどこぞのイケメンが救い出してくれないものかという
甘い願望を抑えつつ、さらにわたしの弱点とされるものを掘り下げてゆこう。

例えば「アナウンス講座」。
30歳を目前として、
突如「アナウンサーになりたい!」
という欲求がむくむくと湧き上がり
その欲求に突き動かされるままに
元キー局のアナウンサーが講師をやっている
教室の門を叩いたわけだ。

アナウンサーなんて、実際大学在学中から
目指すヒトがほとんどで、いってしまえば
わたしと10歳以上歳下の大学生ばかりが
その教室に通っていたわけである。

突如彗星のごとく現れた夢を同じくするアラサーの女に対して
どのように接すればよいのか。
アナウンサーとしては番組に出演するどのようなゲストに対しても
的確な対応が求められるわけで、アナウンサーの卵である
彼ら彼女らにとってもアラサーでアナウンサーを目指し始めた
特異な人物であるわたしと接することが、ひとつの重要な訓練
となったのではないかと自負している。
わたしに感謝してほしい。

レッスンでは、わたしのサ行の言葉がどうしても苦手で
スパルタの男性講師に叱咤され、レッスン中に涙する
というクライマックスを経て、3ヶ月間のレッスンは
幕を下ろした。

10歳以上年上の女が自分の才能のなさに
打ちひしがれて涙する姿を目撃するという稀有な体験を
できたのは、アナウンサーの卵たちにとって今後の糧に
なったことだろう。
感謝するとともに金一封でも送ってよこすべきである。

他にもボイストレーニングでは、年に数回開催される
発表会において、ミュージシャンを目指す若者の前で
調子外れかつ時代遅れなユーミンの曲を披露し
会場を不穏な空気にさせるという過去を持つ。

結局、ボイストレーニングも何か明確な目標があったわけでもなく
おおよそ半年程で、終止符を打つことになる。

そう。それは様々なことにチャレンジし
早々に手を引いてきたわけだ。

常識的に見れば
「色々なことに手を出して、すぐ投げ出す」
という忍耐力や持続力のない人間というレッテルが貼られることだろう。

このブログを読んでくれている人の中でも
飽きっぽいという性質に悩んでいる人は結構いるのではないか。

でも、立ち止まって考えてほしい。
「色々なことに手を出しては、それをすぐに投げ出すひと」
という表現をあえてしてみたが
この表現はどうにも悪意に満ちていないだろうか。

ならばこう言ってみたらどうだろう。
「色々なことに勇気を出して挑戦して、早い段階で自分に合うかどうかを
見極める、もしくは早い段階である程度のエッセンスを吸収し
未練なく手放すことのできるひと」

なんだか途端に「飽きっぽい」という弱点が
むしろ「強み」なのではないかと思えて来ないだろうか。

言葉というのはなんとも扱いが難しい。
というのもその言葉を作ったひとの感情が載せられているからだ。

例えば、「金遣いが荒い」という表現がある。
これはお金を分別なく使う人間を揶揄する言葉として
主に用いられるが、これも悪意に満ちた表現だと思わないか。

荒井:「ほーら、僕は金を使うよ〜。美味しいご飯に使うよ〜。
旅行にも使うよ〜。どんどん使うよ〜。え?ふふふ。もちろん
オンナにも使うよ〜。」

という金に糸目をつけずに色々なものに次から次へと支出する「荒井」
という人物がいてその荒井のことを憎む心も物質的にも貧しい男が

男:「荒井のやつめ、いくら金があるからって次から次へと様々なものに
つぎ込みやがって。憎たらしい。そうだ。荒井のように金を分別なく
どんどん使うやつのことをそんな「荒井」とかけて「金遣いが荒い」という
表現で世に広めてやろう。ひっひっひ。」

そんな段階を経て「金遣いが荒い(荒井)」という表現が広まったとか
広まっていないとか。

また、「不細工」という表現。
辞書においては
不細工:顔かたちの整っていない・こと(さま)。(出典:Weblio辞書)

とある。

不細工。
「不」は打ち消す接頭語なので、「細工をしていない」という意味になる。

…素晴らしいではないか。

顔面に一切細工をせずに「わたし意外わたしじゃないの」と風を切り颯爽と歩く。
そんな潔さを感じさせる表現である。

では不細工の反対はよく「美人」と評されるが
実際は「不細工」の反対は「細工」である。
己の顔に堂々と「細工」を施しているという意味になるではないか!!

「おい、あのひとかなり細工じゃね?」
「お〜なかなかの細工だね。おれタイプだわ。」

こうとなっては、細工の施された顔を褒めているのか
その細工が完璧であるということを嘲笑しているのか
もはや不明である。

しかしながら、一番避けたいのが「小細工」である。
頑張って細工を試みたもののうまくゆかず
どことなく残念なことになっている様が容易に想像できる。

わたしの中では
不細工>細工>小細工
という不動の順位がここに決定した。
小細工するぐらいなら、不細工でいよう!と。

というわけで、あなたにも多くの「欠点」と「されてしまっているもの」
が多くあると思う。

ただ、それは世の常識や決まりごとによって洗脳されているのである。
加えて、あなたが欠点と思い込んでいるものも、いかようにも
表現を変えることで逆に「強み」としてしまうことができるのだ。

わたしにも多くの欠点と思わされてきた事柄があったが
今徐々に、それらを「悪意のある表現」から「好意溢れる表現」
に変換する作業を行っている。
そうすることで、自分には何一つ卑下すべき性質を持ち合わせていない
ことに気がつくであろう。

オモシロ美人の「美人」を目指す段階での課題、「自分を愛する」という
行為にもつながっていくのだ。

人見知り→よくわからないひとに自分をやすやすとひけらかさない深みのある自分。
喜怒哀楽が激しい→自分の感情を素直に表現する人間味溢れる自分。

などなど。

すべての性質は表裏一体で、良くも悪くもただの性質なのである。

ただ、自分の不甲斐なさに落ち込みそうな時は、

こじつけでもなんでも良いので、すべての性質を良い方に変換しよう。
捉え方によってはあなたは欠点などひとつもないスーパーウーマン、スーパーマン
(梅干し食べて)スッパマン!にもなり得るのだから。

さて、「色々なことに勇気を出して挑戦して、早い段階で自分に合うかどうかを
見極める、もしくは早い段階である程度のエッセンスを吸収し
未練なく手放すことのできる」完璧なわたしは
今度は「セパタクロー」でも習うことにしよう。
あ、「カバディ」も良いな。

カバディカバディカバディ…。

今日も良い天気である。

◉オモシロ美人の今日のコトバ◉
「欠点」は好意的な表現で「強み」へと変換せよ。

そして今日も長々と最後までお読みいただき
勉強熱心な諸君には感謝もない。あ、いや感謝の言葉もない。

もしよければ、気軽にFacebookやTwitterで
友達になってくれたら嬉しい。
よろしく哀愁。

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[ 飽きっぽいは最強の強み ]オモシロ美人メソッド2016/02/14 11:57