アドバイスはデキナイス。

ご機嫌麗しゅう。 オモシロ美人研究家Chacoである。

諸君には寝耳に水の真実かもしれないが、わたしは巷では、「アドバイスのできない人間」として知られている。

これまで世間の人々に、「まるでアドバイスが服を着て歩いているようだ」と言わしめてしまっていたかもしれない。

または、人類がわたしの誕生を「あのひとは100年に一度のアドバイスの申し子だ!」と待望していたかもしれない。

 もしくは、「能あるアドバイスは爪を隠す」とか、「アドバイスの子はアドバイス」とか、「隣の芝はアドバイス」とか、さぞ高度であろうわたしのアドバイス能力は賞賛され、ところどころで噂の的になっていたかもしれない。

そんな諸君には誠に申し訳ない思いでいっぱいだ。

わたしは、アドバイスが苦手である。  

実は、アドバイス下手なことが長年の悩みであった。

友人から今までも様々な悩みを打ち明けられてきた。

恋愛や仕事、人間関係。もしくはもっと壮大な人生の選択について、など、様々である。

複数人でいる時には、悩みを打ち明けるひとりの友人に、別の友人が

「それはさ、〜ってこと?じゃあさ、こうすればいいんじゃない?」

と、スコーンと突き抜けるような爽快なアドバイスをしてのけるを見て、

「かっこいい〜…。」

と指をくわえて眺めていたものだ。

かくいうわたしはアドバイスを打ち明けられても、

「ん〜〜、どうしたらいいかねぇ…。ん〜〜、○○はどうしたい?わからない?そっかぁ。。そうだよねぇ…。う〜ん…。」

と、何を言ってあげればいいかわからず、曖昧なはっきりしない態度でもって、一緒に悩んでしまっていたわけだ。 やきもきとさせてきた人数、数知れず、である。

しかしながら、最近、どうしてわたしはアドバイスが下手なのかが、研究の結果、解明できたのである。

それは、わたし自身が「本当にわからない」から、ということだった。

本当にわからないのだ。

その子にとって、どうするのが良いのか。何が良いのか、何が悪いのか。

わからないからアドバイスなんてできるはずもない。

いや、そりゃ、わたしだって、明白な相談には的確に答える自信がある。

例えば、

「わたしの彼って、加瀬亮に似ててどうしよう〜〜??うふ♡」

と、高木ブーのような彼氏を持った友人に「どうしよう」と言われたら、黙って加瀬亮のページと高木ブーのページに付箋を貼った「タレント名鑑」のを差し出し、彼女の手を引っ張って、新しいコンタクトレンズを買いに行くことだろう。

もしくは、どう考えても似合わない「テンガロンハット」を試着しながら、買おうかどうか迷っている友人には、

「あんたさ、テンガロンハットを今、気安く買おうとしてるけど、テキサスあたりでカウボーイにでもなるつもり?てゆうかさ、あんた知ってるの?テンガロンハットというから10ガロン水が入ると信じ込んでるかもしれないけど、10ガロンて約38リットルだよ?1.5リットルペットボトル25本分だよ?そんなにはいるわけないわよね。だから、これはテンガロンハットいってるけど、テンガロンハットじゃないの!買うなら本物を買いな!ペットボトル25本分が入るであろうハットを!!」

と言って問い詰め、友人を半泣き状態にさせてまでも、似合わない帽子の購入を阻止するだろう。 似合わない帽子を被ることほど、それを告げられない周りを困惑させ、困らせることはない。

そのようなアドバイスなら、このわたしだっていくらでもできるだろう。

しかしながら、恋愛のことや仕事のことを始め、ある種人生における重要な選択になりうるだろう相談には、わたしの普段饒舌な口が、真一文字となってしまうのだ。

何故なら、人生って、「何が功を奏すか」が、本当にわからないから、である。 

このことを30余年の人生で身をもって体感している。

ーーー

例えば、つれない彼氏との付き合いを続けるか悩んでいる友人がいたとする。

わたしから見れば、正直、「ん〜…どうなのかしら」と思う男性で、できれば彼女にそのひとと別れてほしいと思ったりしているかもしれない。

しかしながら、彼女は彼を愛している様子。 だからこそ悩んでいるのだが。

短期的に見れば、そんな男とは別れたほうが良いと思うし、彼女を悲しむ時間を減らすには、はっきりと「そんな男ととっとと別れなよ」とキッパリ言ってあげるのが良いのかもしれない。

その子も「別れた方がいいのかな」と考えていたとしたら、その力強いアドバイスが彼女の背中を押すことになり、彼女にとって一歩前に進めるきっかけとなるのかもしれない。

しかしながら、長期的に考えると…。 もうわたしにはお手あげなのだ。

わたしの頭の中はこうだ。

例えば、彼女がそれでも愛する彼と一緒にいることを選び、付き合いを続けていくうちに、彼の彼女に対する態度に変化が見られ、よりより関係が築かれていくかもしれない…。

例えば、彼女が彼との交際を続けることにしたが、頑張ってはみたものの、二人の関係はやがて終焉を迎えてしまう。 「こんなにつらいのだったら早くに別れればよかった」と、悲しみにくれる彼女だが、別れた直後、ちょうど良いタイミングで、彼女の人生史上最高な男性が現れ、するすると人生史上最高な幸せな状態を手に入れるかもしれない…。

例えば、彼ときっぱり別れ、もう当分恋はいいかな、と、様々なことに挑戦し始め、経験をし、力をつけ、何か思いもよらないビジネスを始めて、新しい世界と出会えるかもしれない…。

「ぬぉ〜〜〜どうするのがいいのかしら!!」 と。

人生は無限大。 あらゆる可能性に満ち溢れている。

なので、わたしは、相談を持ちかけられても、彼女の今後の様々な可能性に思いを巡らせてしまい、おいそれとアドバイスなんてできやしない、と考えてしまうのであった。

わたしが「別れたほうがいいのでは」と心の中で思っていたら、彼女に対し「別れた方がいいんじゃない?」というのは簡単だ。 (DVなどがあった場合には問答無用で別れさせるが。)

でも、自分の意見をあえて伝えず、彼女の判断を信じてみるとする。 そして、彼女が彼との関係を続けるという判断をした際、直近で考えれば、一瞬、いや、もしかしたらしばらくの間、彼女がその選択をしたことによって、傷つくこともあるかもしれない。大いに悲しむかもしれない。

しかしながら、その「傷つき」が、そして、その「悲しみ」が、大きな「癒し」を連れてきて、想像だにしない「喜び」をもたらす可能性だって、おおいにあるのだ。

どんな出来事がどんな風に将来化けるのか、今のわたしたちからは、まったく予想できない。

それこそが人生だと思うのだ。

だから、わたしは、彼女の可能性を限定してしまうようなアドバイスはできないと思ってしまうし、その数ある可能性の中から、彼女が一番幸せになるであろう選択肢を選び抜く千里眼なども持ち合わせていない。

そして、これは自分自身にとっても同じことが言えるだろう。

何かの選択肢で、時に大いに悩むことはある。 当然のことだが、一つの選択肢を選んだならば、必然的にもう一つの選択肢を選んだ人生を生きることはできない。

だから、最近では、こう自分に問いかけるようにしている。

「もし、たとえどちらを選んだとしても、後から振り返って、「あぁあの時こっちを選んでよかった!」と思えるのならば、今わたしはどちらを選びたい?」と。

先のことなんて今の自分にはわからないのだから、今の気持ちで選び取るほかないではないか。

そう考えるようにしている。

そして、最近では、本当にそう思えてきている。

どちらを選んでも、いつかの時点で、「こっちを選んでよかった」って思える日がくるのだろう、と。

上司も部下を信じて仕事を任せれば、部下が期待以上の働きを見せてくれるというじゃないか。

それと同じで、その時に自分が、なんとなくでも「こっちかな…」と選択したら、あとはこれからの自分に任せてしまおう。

これからの自分を信頼して、身を委ねよう。

何せ「自分」が選んだのだから、きっとこれからの「自分」がなんとかうまくやってくれるはずである。

一瞬誤ったかな、と思う判断でも、「自分」がうまく軌道修正してくれるはずだ。

というわけで、アドバイスについて。

わたしには、やはり、目の覚めるような、ピリリとスパイスの効いたアドバイスは必要である。  

思いもよらない考え方で凝り固まった価値観を揺さぶってほしい。

悩みの渦中にいる時には、独断と偏見でもいいから、芯の通ったひとの信念に触れたいとも願う。

しかしながら、あなたの周りにいる、わたしのような通りいっぺんのアドバイスしか言えないひとがいても、どうか歯がゆく思わないであげてほしい。

「こいつ使えないな!」とも思わないであげてほしい。

もしかしたら、その人も、あなたの今後の果てしない可能性にまで思いをめぐらせてしまい、よくわからなくなっているだけかもしれないし、あえて伝えてこないのかもしれない。

と、同時に、あなたなら、きっとどちらに転ぼうとも、どうせ幸せになるに違いない、とも思っているはずだ。

だから、決断を促すほどの強い意見を伝えないだけなのかもしれない。

とにもかくにも、ズバリと言ってくれるひと、これといった明確な意見はないながらも、寄り添ってくれるひと、わたしにとってはどちらも大事な存在なのである。

どうか、わたしの周りにいるひとたちよ。わたしに相談しても、打てば響くような気持ちのよいアドバイスは期待できないが、結局あなたが幸せになることを信じているからなので、どうか、今後ともどうかわたしに優しくしたまえ。

そして余談だが、いつか、テキサス州のどこかの町と姉妹都市となっているどこかの町の町おこしの一環で、巨大太巻きならぬ、本当に水が10ガロン入るテンガロンハットをみんなで編み上げて、ギネスに乗りたいという壮大な夢が生まれた。

そして、物置会社の社員のひとたちに帽子の中に入ってもらい、「100にんのってもだいじよーぶ‼︎」と、みんなで作り上げたテンガロンハットの耐久性をアピールしてもらいたいものだ。

◎オモシロ美人の今日のコトバ◎

選択に迷う時には、今と未来の自分を信じて、今心地よい選択をせよ。

              

[ アドバイスはデキナイス。 ]オモシロ美人メソッド2016/06/01 08:03